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Accumu Vol.1

宇宙からの気象観測 スーパーコンピュータとともに

気象庁気象研究所 気象衛星・観測システム研究部 第1研究室長

高島 勉

1. はじめに

気象庁気象研究所
気象庁気象研究所

気象現象は,わたくし達の日常生活に密着しているため,毎日の天気の移り変わりや気候変動には大きな関心がもたれている。冷夏や暖冬の予測,最近急速に増加している炭酸ガスや火山噴火の影響,又人間活動に伴う森林等の伐採や廃ガス,エーロゾルの増加等の影響で,気候が今後どう変化するのか,このような事を的確に予測するには,地球をとりまく大気全体の変化のしくみを良く理解する必要がある。地球全体の大気の運動は大気大循環と呼ばれ,局地的な変化も全球規模で考えなくてはならない。気象現象の概要は次の通りである。各現象をその規模で分類すると,小規模は水平距離約百mから数kmまでで,個々の積乱雲はこの中に入る。中規模は数十km~2000kmで,梅雨末期の豪雨や豪雪を伴う擾乱はこの中に入る。総観規模は数千kmで天気現象として観る立場の擾乱規模にあたり,移動性低気圧はこれに属する。又時間的に分類すると,6時間から2日までの気象予測を短期予報,2日~20日を中期予報,10年を経過する変化を気候変動と呼んでいる。

この30年間のめざましい電子計算機の進歩に伴い,コンピュータを使った数値シミュレーション法で気象の予測をする事が盛んになってきた。この方法とは,まず大気の中での水平,鉛直方向の多数の格子点(~5万点)を考え,その格子点における気象要素を衛星や地上観測所からのデータに基づき与える。次にその変化を物理法則により順次計算し,その繰り返しにより一定時間後のそれぞれの格子点における気象要素の変化を求め,これにより地球全体の大気の変化を予測するというものである。数値シミュレーションでは,まず大気のモデルを設定するが,モデルは精度を高めるためには出来るだけ本来の地球や大気に近いものが良く,今のモデルでは,実際の形に近い海陸分布,雪氷分布,大気中の炭酸ガス,水蒸気やオゾン,降雨,雲粒,積雲等の物理過程が考慮されている。しかし,植生に伴う水循環や大気-海洋の相互作用については今なお研究段階である。気象研究所では,大型電子計算機(日立M-200H)が昭和55年6月に導入され,その後昭和60年12月にはスーパーコンピュータ(日立S-810/10)へと更新された。これにより,2~3日の短期数値天気予報が実用化され,さらに10日前後の中期数値予報も現実のものになりつつある。一方大気大循環の数値実験により地球気候をモデルを使って再現しようとする研究は定性的に成功をおさめ,季節変化や数年先までの長期数値予報の実現や気候変動の理論的解明に一歩前進した。

このようなシミュレーションにはどれだけの計算量を伴うか。気象研究所のモデルで試算してみると,1日先の予報をするのに全地球表面を1万7千個の格子点で覆い,運動方程式や熱・水蒸気の式を扱い約90億ステップの計算となる。1年間の季節変化を再現するには約3兆ステップもの計算量になる。したがって1秒間に最高1700万回の計算が出来る現計算機を専用に用いても,1年間分の計算をするには数週間もの時間を必要とする。また,気候変動のしくみをより深く理解し,将来を予測するためには,現在のモデルをさらに改良するという必要もある。現在のモデルの格子点間隔を精密化して,より小さな規模の現象も予測しなければならない。このように変数や格子間隔を改良すると,全体の計算量がたちまち10倍,100倍と増えるので,将来はさらに高速かつ大型のコンピュータが必要となるであろう。

2. 気象衛星による観測

学院長と日立のスーパーコンピュータを語る
学院長と日立のスーパーコンピュータを語る

人工衛星は広範囲にかつ一定時間毎に継続して観測することが出来るので,大気-海洋(地表)系の諸現象解明のための基礎データを得る手段として利用価値が大きい。しかし取得するデータ量が膨大となるため,必要とする情報抽出のための最適アルゴリズム開発,データ処理法,保存方法等が問題となる。様々な目的の人工衛星がある中で,ここでは気象観測衛星に限って話を進める。大気は地上から十数kmの高度までに存在し,全地球を覆っており,この中での擾乱が時として我々に大きな災害をもたらすのである。気象データを取得する地上の観測所は人口の密集する陸域に集中しており,地球の約70%を占める海域や砂漠では殆どデータを取得できていないのが現状であるので,擾乱の明確な把握のためには,これらの地域でのデータが必要となる。気象衛星が期待される理由がここにある。

気象衛星による観測も他の観測と同様に定量的な解析に耐えうる高精度のデータ取得を目的にしている。このため気象衛星には,高空間分解能,高波長分解能,多チャンネル,高頻度観測の測器が搭載され,これらの長期にわたる安定性及び信頼性等の改良,さらに機能の追加が行われている。特に1990年代に次々と打ち上げられる予定の次世代衛星では,改良,追加が大幅に進むであろうと期待されている。しかし一番大変な仕事は実際衛星で定量的に観測出来ているかどうかを検証する事であろう。要望されている観測項目としては,風向・風速,鉛直温度分布,表面温度,大気ガス(水蒸気,オゾン,その他微量成分),エーロゾル,雲量,雲水量,降水量,雪氷量及び分布,土壌水分,植生,放射収支等がある。この中にはまだ観測が実用化されていないものもあるが,可能な限り観測することが望まれている。観測機器には,大気-海洋(地表面)による太陽光の地球での散乱,反射や地球からの熱放射を観測する受動型とレーダーやライダーのように衛星から電磁波を直接出して調べる能動型がある。前者は実用化されているが,後者は計画中のものが多い。また前述の観測要素については一般に,画像法と探査法と呼ばれる二つの方法で観測される。画像法は雲分布や,海面温度図等のように,観測値を画像として表示する方法である。探査法は大気中の鉛直温度や水蒸気分布等立体構造についての定量的な情報を探査する方法である。

気象衛星には,「ひまわり」のように地球から見て同じ位置にあり,常時観測できる静止気象衛星と赤道から南北両極を動きながら観測する極軌道衛星がある。これらはそれぞれに特長があり,相互に補って地球を観測している。気象衛星による地球全体の観測のためには,最低限二つの極軌道衛星と4~5個の静止衛星が必要であり,これは現在運用されている衛星の数でもある。静止衛星は高度約3万6千kmにあり,衛星直下点から半径約6千kmの範囲を常時観測する。このように広範囲で常時観測出来るメリットはあるが,遠い所から観測するために空間分解能が劣るのが欠点である。我が国では静止気象衛星は1号機が1977年に打ち上げられ,来年,1989年には4号機が打ち上げられる予定である。衛星には衛星自体の回転を利用して撮像する可視・赤外自転走査放射計が搭載され,海面温度,雲頂高度,雲分布等を観測している。1号機より同じ放射計が運用されており,可視と赤外域の2チャンネルで,空間分解能はそれぞれ,1km,8kmで,輝度の階調はそれぞれ40,256である。可視データは1日4回,赤外データは8回地上で受信される。データ量は密度6250bp,10インチの磁気テープで1年間約5千本にもなる。気候変動の理解のためには長い間のデータの蓄積が必要であり,適切なデータ保存が問題である。

ここで解析のための2~3の問題点を述べる。雲分布の時間的変化から風ベクトル場を計算するとする。しかし雲は固体ではなく,消滅,発生を繰り返し,解析は簡単ではない。又風は水平方向に吹いているとは限らない。鉛直方向の動きがこの方法では不明である。さらに雲の無い所では出来ない。また雲頂高度については赤外チャンネルからまず雲の輝度温度を求め,その温度に対応する高度を雲頂高度とするのであるが,この方法だと,まず赤外チャンネルの分解能が悪く,又雲の特性や雲の周りの温度が解らないという欠点があり精度が悪くなる。そこで複数の静止気象衛星,例えば日本と米国の衛星,の共通領域にある雲を立体的に観測して,雲頂高度を求める方法が一時期提案された。この方法では,分解能の高い可視域データを利用出来,又雲の特性等を知る必要が無いという長所がある。しかし数十秒以内に同時観測を実施しなければならないという業務運用上極めて難しい問題があり,又全球的に実施しようとすると日本と米国の衛星は似ているが,ヨーロッパやインドの衛星は撮像方法が異なり,事実上データ解析が出来ないことが解った。このためこのアイデアは何時の間にかなくなってしまった。我が国の「ひまわり」はその寿命のため3~5年毎に打ち上げられる。ちょうど1号機がまだ生きている間に2号機が打ち上げられ,この二つの静止衛星を使って雲画像解析を試みた。コンピュータ処理をしてみると,地球が球形に見え又台風は目の所が深く窪んでいるのが良く解った。遠く衛星から離れた日本上空の低気圧に伴っている雲もその微細構造が立体的に観察出来たのである。しかし,実用のためには,両方の衛星の位置,姿勢等軌道要素を正確に把握していなければならないことが解った。

極軌道気象衛星は,静止衛星と同一の搭載機器で全球の観測を行うことが目的で,静止気象衛星では観測出来ない高緯度地域の観測も可能である。しかし地方時と同じ時刻に赤道上を通過するので,1個の衛星では同じ場所の観測は12時間毎にしか出来ない。このため日変化を伴う現象の観測には,それなりの数の衛星が望まれる。米国の極軌道気象衛星「ノア」は1960年に最初に打ち上げられて以来改良を重ね,第3世代衛星と呼ばれる今日のような衛星の1号機が1978年に打ち上げられた。以後1986年で10号を数えるようになった。衛星の高度は約850kmで,分解能が高い。主な搭載機器は改良型高分解能放射計と垂直深査計である。前者は可視・赤外域4又は5チャンネルである。空間分解能は1km,機器の輝度階調は10ビット,分解能は0.12Kである。雲分布や海面温度等を高精度で抽出出来るように設計されている。後者は大気の垂直温度,水蒸気分布を求めるのが目的である。データ量は日本で受信する分で年間磁気テープ約1600本である。ここでいう機器の分解能には海面温度測定の分解能がない。海面からの熱エネルギーは大気を伝達して衛星に到達する間に減衰するため,衛星で求めたエネルギーから逆算して温度を出している。したがって数度~10度近く低く見積もられることになる。測定精度を高めるには,大気補正を施さなければならないが,実際には大変難しい。

3. 大気-海洋系放射モデルの開発

宇宙からの気象観測

大気-海洋系放射モデルでの放射伝達のシミュレーションを精度良く行うことは,衛星,航空機,船舶等から得られる様々な情報を解釈して,大気中のエーロゾル,水蒸気量やオゾン量,又大気効果の補正を行って海面状態や海水中のクロロフィルの分布等を求める場合に有効な手段であるばかりでなく,将来のリモートセンシングの可能性を探る意味でも重要である。大気-海洋系の上端での地球からの放射エネルギーは,可視域では80%以上が大気中のエーロゾルや大気ガスによる散乱光と海面による反射光で,残りの高々20%弱が海中に透過して海水やハイドロゾルにより散乱し,再び大気中に戻ってくるエネルギーであると考えられる。ところで大気による散乱は,波長が長くなるに従って小さくなるが,一方海水では波長依存性があり,光学的に0.45~0.55μmでは透明度は高いが,0.7μm以上では海中からの上向き放射エネルギーは非常に小さくなる。このように波長により大気や海水の影響が異なる事を利用して,リモートセンシング法により,大気中のエーロゾル,海面状態,海中のハイドロゾル等の観測を行う事が可能である。このため抽出精度を上げようとすれば,モデルの精密化を促進しなければならない。

大気-海洋系からの放射輝度は,海面を細かく分割し,それぞれの放射特性を統計的に扱うようなモデルを設定して,逐次法を用い初めて計算された。同様のモデルで,その後モンテカルロ法を使っても求められた。さらにハイドロゾルの屈折率や濃度の変化が,大気-海洋系の放射照度に与える度合いも詳しく計算され,又衛星観測から表面の有効反射率を求める手法も導かれた。これは大気効果を除去した時の反射率である。この手法では海面は鏡面と仮定された。海面の波の影響を考慮に入れた大気-海洋系からの放射照度,放射輝度の計算も示されている。しかしこの系において,散乱,反射,屈折によって生じる偏光の変化を考慮したものはまだ得られていなかった。これは主として非均質大気,海洋での多重散乱,海面による乱反射,乱屈折,大気-海面,海面-海洋間のエネルギーの相互作用が複雑である為である。偏光度,偏光面,楕円率の計算は,海面を鏡面と仮定したモデルで,初めてモンテカルロ法を使って求められたが,さらに海中からの放射エネルギーを無視し,反射のみを考慮したモデルで,偏光度のゼロになる天空上の位置(中立点)についても検討された。最近加算及び倍増法を使って大気上端からの放射照度,放射輝度,偏光度等を一つの逐次法を連続的に使って求められることが示された。この方法は解析的方法ではなく,通例の方法で特に数値計算に適している。簡単に言えば,太陽光が多数の光子から成ると考え,地球大気に到達するとそれらが大気中のガス成分に出会う。大気はちょうど多数の玉から成り光子がまずその一つにぶつかると(散乱と呼ぶ),そのエネルギーを色々な方向にある次の玉に伝える(多重散乱と呼ぶ)。このようにして太陽の方向でない方向へもエネルギーを次々と伝えてゆくので,例えば空全体が青く見えるのである。このエネルギー伝達の様子は放射伝達と呼ばれる。コンピュータによるシミュレーションでは,精度を高めるため,10万回程度の散乱まで考慮するので,大型コンピュータが必要となるのである。

このモデルの計算には日立M-200H型大型電子計算機で約12時間必要であったが,日立S-810/10アレイプロセッサーでは,30分程で計算出来るようになった。モデル精密化の過程で今雲の効果を組み入れる研究を実施中である。とりわけ空間的に散らばった雲の取り扱い,又巻雲のような高層雲は,構成する雲粒が結晶しているので,放射伝達の計算が複雑である。層状になった巻雲を組み入れたモデル計算が漸く可能になりつつある。今のところ計算には一つの例で2時間30分位必要である。波長積分,パラメータの変換を考えると,適切な結果を得るには,数百倍の計算時間が必要と思われる。この結果を将来の衛星による最適観測方法の開発に役立てられれば幸いと思っている。

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高島 勉
Tsutomu Takashima
  • 京都大学理学部卒
  • 京都大学大学院宇宙物理学科修士課程在学中,米国カリフォルニア大学(UCLA)大学院に留学
  • カリフォルニア大学理学博士号取得(気象学)
  • その後気象庁気象研究所就職
  • 気象衛星データ処理法の研究実施,現職に至る
  • その間,カナダ国気象庁,ドイツ国ケルン大学、オーストラリア国CSIRO、米国気象庁,オレゴン大学と衛星に関する共同研究を実施
  • 京都大学理学博士号取得
  • 現在国際大気放射学会委員,気象学会誌編集委員,日本リモートセンシング学会理事及び編集委員
  • 気象庁気象研究所,気象衛星・観測システム研究部第一研究室長

上記の肩書・経歴等はアキューム2号発刊当時のものです。