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Accumu Vol.10

コミュニケーションのための―きく・話す―

京都コンピュータ学院教員

元NHKアナウンサー

有本 忠雄

Aさん,お便りありがとう。

     ◎

就職も決まり来春の卒業を待つばかりとのこと,本当におめでとう。

就職活動での会社訪問や面接,集団討論の場で人と話すこと,人の話を聞くことの難しさを改めて感じ,社会人としてスタートできるかどうか自信をなくしたと不安を訴えていますね。あなたの不安を少しでも解消できればと返信をかねてペンをとりました。

     ◎

当学院京都駅前校四階のラウンジは,朝から学生たちでにぎわいます。大部分の学生は携帯電話をもっています。メールを交換している学生,目覚し時計がわりに友達に電話を入れる親切な学生,なかにはタバコをくゆらしながらおしゃべりに興じている女子学生たち,青春を謳歌するなごやかで楽しそうなキャンパスの一風景です。

聞くともなしに耳をそばだてると,断片的でただ,単語を並べたてているとしか思えないような会話,若者ことば特有の短縮された表現,語尾があがったり,のびたりの口調も気になります。

話をするときに,聞き手の目を見ない学生,話を聞くとき,話し手に視線を送らない学生,コミュニケーションの体を成していません。

     ◎

一方,教室での授業です。質問に対する答えが,「ベーツに・・・」。

そのことについて,別に意見がないのか,別に興味も関心もないのか,こちらで,学生の返答を解釈し補って考えなければなりません。

また,時折テキストなどを声をだして読んでもらうと,小さな声でボソボソ,とても教室のすみずみまで届きません。

もちろん,テキパキと自分の言葉で,要点を整理しながら話す学生もいますが少数派です。

授業中,日本人の学生たちに日本語に関心をもつよう促しますが,大部分の学生は無頓着です。

     ◎

私のクラスに中国からの留学生が何人かいます。一人の学生から質問を受けました。日本での日常生活や授業に困らないように,中国で日本語を勉強してきたが,日常会話の中にはほとんど出てこない言葉がかなりあると言うのです。

たとえば「魚屋」,「八百屋」,「床屋」・・・。もう死語なんですかと。

言われてみると,大型スーパーやコンビニばやりで,街から専業の魚屋さんや八百屋さんが消えつつあります。

ことばは社会現象を映した生きものということを留学生に教えられます。

敬語的な表現も中国や韓国からの留学生が,日本人の学生より流暢に使いこなすこともあります。

いままで,私たち日本人は,学校教育や社会教育のなかで「話す」,「聞く」という訓練をほとんど受けていません。ですから,みんな話下手で,聞き下手で当然と思っている面もあります。「沈黙は金」なりを美徳と思い込んでいた時期もありました。これからは,「沈黙は禁」です。

いま,あちこちで「話し方教室」が開かれています。人前で話をすると,あがる,緊張する,頭が真っ白になり何を話しているのかわからなくなる,だから勉強して人前であがらず堂々と話せるようになりたいというわけです。

また,岩波新書の「日本語練習帳」(大野晋著/岩波書店)が読まれ,この種の本としては例のないミリオンセラーを記録しました。日ごろ,目にし耳にする日本語の乱れや揺れに対する関心の高さをあらわしているのでしょうか。

ところで,あなたが就職活動で経験したことは,普段の会話や友達同士のおしゃべりと違う公の場での,いわゆる「パブリック・スピーキング」のことですね。

親しい友達や家族と話す「プライベート・トーク」の時に,意識したり言葉が出てこないなどということがありますか。

普段の服装から就職活動の服装に着替えるときゅうくつな感じがします。同じように改まった場での話は誰しも緊張するものです。ですから,パブリック・スピーキングの場になるとしりごみします。

いままで経験しなかったことですから仕方がありません。これからは積極的に挑戦し慣れることです。

まさに「習うより慣れよ」です。

     ◎

スピーチといっても,自己紹介や報告をはじめ,説明,発表,集会の挨拶などいろいろあります。それぞれの話の場面には特徴があり目的も違います。要は話の内容を正確に相手に伝えることにつきます。

話のうまい人は事実を具体的に目に見えるように話してくれます。表情も豊かで楽しそうに話しかけます。

話の善し悪しは話す側だけで決まるものではありません。聞き手の聞き方や態度が話の場の楽しさを決めます。

打てば響くような相づちは大変効果的です。「へー,ほんと」などと目を丸くしてごらんなさい。

話し手と聞き手の間には,目に見えない糸で結ばれコミュニケートの場が成り立ちます。

さて,「パブリック・スピーキング」の基本である,何を話すか,どう話すかに移りましょう。「話しことば」は,音のことばです。場に合わせて,聞き手に聞きやすく届く声を工夫します。

日ごろからお腹の中から声を出し,口を大きく開けて発音するよう心がけます。

何を話すかは,

「何のために」,「どんな場で」,「誰に」,「どんな立場で」,「何を話すか」の五つの点を考えましょう。

ことばは,耳から聞いてすぐわかる話しことばを選ぶことです。

スピーチでは時間をつかむことも大切です。1分間に話せる字数は300字ぐらいと言います。センテンスは短く,結論を先にが話の組み立てのコツです。

息づかいも大切です。普段の自分の呼吸で話しましょう。

     ◎

ともあれ,人が人に話しかけることです。話を楽しみ,聞き手をこちらに引きつけましょう。

「文は人なり」と言います。これにならえば「スピーチも人なり」です。

アナウンサー生活三十数年,話の迷手だった私は自信をもって「スピーチこそ人なり」と言うことができます。

あなたらしい豊かな表情でからだ全体でこころあたたまるスピーチを心がけてください。

お元気で。

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Tadao Arimoto
  • 京都コンピュータ学院教員
  • 元NHKアナウンサー

上記の肩書・経歴等はアキューム10号発刊当時のものです。