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Accumu Vol.12

日本語教育におけるオンライン教材の可能性

京都コンピュータ学院 田渕 篤

1 はじめに

京都コンピュータ学院(KCG)では,2001年4月に留学生の準備教育(日本語および基礎科目)機関として「京都日本語研修センター(鴨川校日本語別科)」を開設,さらに2002年4月からは本科(メディア工学科)のコースの一つとして「国際ITコース」を開設し,コンピュータとIT技術を日本語で学ぶ留学生の受け入れを強化してきた。今後はKCGのコンピュータネットワーク環境を彼等の日本語学習自体にも活用し,自習用の教材や過去の宿題・小テストなど,ネット上で常にアクセスできるようになる。

一方,教材作成・受講・評価などの学習/教授環境をすべてWeb上で提供するコース管理ツール「WebCT(Web Course Tool)[1]」が,近年日本を含む世界各地の大学で導入・運用されている。KCGでも,WebCTの遠隔教育や自律学習への可能性に着目し,積極的に導入を図っている。

本稿では,日本語学習の一連のコースを構成するコンテンツをWebCTなどのオンライン教育の枠組みの中で提供することの可能性について検討する。WebCTのコース管理の枠組み自体は,他の科目と同様に日本語教育にも適用できると思われるので,ここでは特に教材コンテンツのあり方や提供の仕方に着目し,学習のレベルごとにどのようなコンテンツをオンラインで提供すべきかについて,既存の例を挙げながら論じることにする。

2 オンライン教材の構築基盤(WebCT)

WebCTは,カナダのブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)で開発されたオンライン教育ツールで,日本国内では株式会社CSK[2]が日本語版の販売を行っている。現在は世界77ヶ国・2200の教育機関・700万人の利用者(2001年12月現在)に使われており,米国ではオンライン教育ツールの事実上の「標準」とされている。日本でも,国立・私立大学の15機関が運用ライセンスを取得しており,文部科学省の大学共同利用機関「メディア教育開発センター[3]」も遠隔教育の標準ソフトとして採用している。

WebCTは,コース管理の枠組みをすべてWebブラウザの統一的なインターフェースで提供する点に特徴がある。提供される管理機能は次のようなものである。

●コース受講者の登録/成績の管理

●シラバスや講義レジュメの掲載/閲覧/印刷

●電子メールや電子掲示版による学習者‐教員または学習者間の相互コミュニケーション

●小テストやレポート課題の提示/採点補助

学生にとっては,コース管理用のWebサーバにインターネットやイントラネット経由でアクセスできる環境にさえあれば,いつでもどこでも,どのコンテンツからでも学習でき,必要に応じて気軽に質問や要望を提示することができるという利点がある。教員側にも,個別のコンピュータで作った教材を安価かつ手軽に共有教材にすることができるという利点がある。

しかし,WebCT自体は,どの科目のコースにも共通の管理の「枠組み」だけを与えるもので,学習者がそのコンテンツにどのような認識や達成課題をもってアクセスするように設計するかは,コンテンツの作成者に任されている。

また,教材はWebブラウザ経由でアクセスできるものという条件がある。教員から学生への提示についてはほぼ問題ないが,逆に学生から教員への応答については,音声やジェスチャーなどの入力がWebブラウザだけの枠組みでは扱えないため,方法が限られてくる。これについては次節で考察する。

3 言語技能から見たオンライン教材

次に,WebCTの枠組みで特に語学の教材を提供する際の問題点と解決方法について,言語技能の観点から考察しておく。

日本語に限らず,言語学習においては「読む・書く・聞く・話す」の4技能を伸ばすことが求められる。また,それらに共通する「文法・語彙」の知識の習得も必要である。更に,それら4技能の各々を総合してより高度な課題達成にあたる(資料を読みながら聞く,聞いたことをメモする等)能力も伸ばす必要がある。

3・1 読む・聞く

4技能のうち,オンライン教材を提供しやすいのは「読む」ことと「聞く」ことである。すなわち,サーバに蓄積されたテキストや音声のデータをオンデマンドで学習者側のPCに送り,Webブラウザ(および適当なプラグイン)で表示/再生すれば,その内容を理解することが学習者の課題となる。

提供するテキスト/音声データは,教材として特に作り込んだもの以外に,ネット上のあらゆるテキスト/音声データをリソースとして同じWebCTの枠組みで提供することが可能である。例えば,大手新聞社の記事サイトやラジオ局のストリーミング放送は,無料で手軽に手に入る生の教材である。

従来,日本語化されていないOS上で,日本語テキストの文字コードとフォントをそのまま扱うのは困難であった。もしテキストをPDF形式[4]に変換しておくことができるなら,Webブラウザのプラグインソフトを用いて,OSの言語に依存せずに日本語テキストを表示させることができる。しかし逆に言えば,教材をすべてPDF化して提供する必要があり,学習者が任意に検索したネット上の文書を読むような学習方法には使えない。幸い,最新のOS(Windows XP,MacOS X)なら標準で多言語対応になっているので,一般的なWebブラウザのみで日本語を表示することはできるようになってきている。

また,コピーが容易なネット上の電子文書とはいえ,もしコピーしたものを安易に加工して教材化すれば,それは「著作権法違反」である。特に,その教材を再びネット上で広く閲覧させるオンライン教材の場合,その違反は顕著に現れる。

そのため,読解素材を選ぶ際には,著作権フリーの文書を使う(オリジナルに作成するか,著作権の切れた既存文書を用いる)か,文書を単にリンクして,参照させるためだけに用いる等の配慮が必要となる。

音声データについては,特に語学教材として聞くに耐えるレベル(テープ~CD並み)の音質のデータの場合,容量がかさむため,転送や再生に要求されるシステムの処理速度がネックとなっていた。しかし,ADSLやギガビットLAN等の高速回線の普及,MP3等のデータ圧縮技術の向上などにより,それも解消されつつあると言える。

今後は,オンデマンドでの音声提供だけでなく,MSNメッセンジャーなどを用いてリアルタイムに教員の音声を提供することも可能となるであろう。

3・2 書く・話す

一方,学習者の側からのアウトプット,すなわち「書く」「話す」ためのオンライン教材は,アウトプットの「評価」という本質的な難しさがつきまとう。

例えば,オンラインで与えた課題に対して,作文をワープロで作成して電子メールで提出させたり,スピーチを録音して音声ファイルをサーバにアップロードさせたりする教材を考える。このとき学習者からのアウトプットは,どんな表現が使われるかを予測することが難しく,誤りや雑音も含まれるため,ソフトウェアが自動的に評価をすることはほとんど期待できない。また,特に学習者からの音声データは,録音環境によって評価できる程度の音質が得られないことも考えられる。

これを解決する方法は,一つには,当たり前ではあるが,人間(指導員)が評価の主体となることが挙げられる。つまり,通常の作文添削やテープに吹き込んだスピーチの直しと同じことである。そのためには,教材コンテンツの開発と同時に,十分な評価ができるだけの指導員のコミュニティを継続的に確保することが重要である。

もう一つは,アウトプットの自由度をソフトウェアで自動的に評価できる程度に敢えて限定してしまうことである。単純なタッチタイピングソフトはその一例であろう。サーバが提示した手本の文章をいかに速く正確に再現できるかということなら,自動的に評価ができる。技術的にやや困難になるが,手本の音声を聞き取って口頭でリピートさせた結果も,同様に評価が可能である。ただし,このような教材が「書く」「話す」ための言葉の自発的な運用力を育成することにならないのは言うまでもない。

「評価」の問題とは別に,学習者側のPCで日本語テキストを入力/編集する環境を整えることも問題となるが,これも日本語を「読む」環境と同様に,最新のOSならばカナ/漢字変換などの入力手段(Input Method)が標準で提供されている。ただし,標準的な入力方法であるローマ字‐カナ変換は,特にアジア系漢字圏の学生には,ローマ字表記そのものに馴染みが薄いため,戸惑いを感じることもあるようである。

一方で,カナ(ローマ字)を正確に入力しなければ意図した漢字に変換できないことから,キーボードで書く(打つ)ことが,発音の正確さや拍感覚を気付かせるのに役立ったという報告[5]もある。

3・3 文法・語彙

これまで触れてきた「読む」「書く」等の技能ごとの課題でも,文法や語彙を適切に運用する能力を問うことはもちろん重要である。しかし,多岐に渡る文法・語彙項目を体系的かつ効率良く習得させるには,単純な反復ドリルを継続的に行うことも有効である。

例えば,特定の単語の語義説明文をいくつか提示して,正しい説明を選んだり,単文の一部を空白にして提示して,そこに入る適切な語彙や活用形を選択したりする等の教材は容易に考えつく。提示する単語や単文をテキスト(文字)で提供すれば「読む」練習を兼ね,音声で提示すれば「聞く」練習を兼ねることになる。

いずれにしても,学習者が正解を順次選択できるかどうかだけを問うのであれば,解答方式は多肢選択で十分であり,それはWebCTが標準で提供するドリル作成ツールで対応できる。また,こういったドリル問題自体は,従来からある「日本語能力試験[6]」など一般的な検定試験と同様の形式であり,それらの受験者向けのコンテンツがそのまま流用できるであろう。

3・4 総合的な課題

さて,学習者が実際に日本語を運用する場合,これまで述べた4技能を個別にではなく,総合的に用いて一連のコミュニケーションを構築するのが現実的である。従って,オンライン教材でも,できるだけ多様な技能を組み合わせて,より高度な課題が達成できるよう学習者を導いて行く必要がある。

例えば,4技能のうちの二つを組み合わせるだけでも,次のように課題の複雑さが上がる。

●読む/聞く…テキストを提示し,同時にそのテキストに関する会話などを聞かせて,テキストの内容と会話との整合性を問う。

●読む/話す…テキストを提示し,それを自然なスピードで正確に読み上げる。また,その内容についての意見を話す。

●読む/書く…テキストを提示し,その内容を要約したメモを書く。また,その内容についての意見を書く。

●聞く/話す…提示された音声と学習者の発話とで会話を構成する。

●聞く/書く…音声を提示し,その内容を要約したメモを書く。

このうち「読む/書く」の統合は,2002年から開始された「日本留学試験[7]」で「聴読解」という科目として取り上げられている。これも,留学生の日本語運用力をより総合的なものに引き上げようという狙いの現れである。WebCTを用いたオンライン教材は,Webが本来マルチメディアデータを総合的に扱うプラットホームであるだけに,この要求に応えることは容易であろう。

4 学習レベルごとのオンライン教材

次に,日本語の学習レベルごとに適用できるオンライン教材のあり方を,いくつかの具体例とともに考察する。

4・1 初級(学習時間300時間以下)

初級の日本語コースでは,文型を基本的なものから難易度の高いものへと積み上げて行く「文型積み上げ式」のカリキュラムに従って教授していくのが一般的である。従って,文型や語彙の導入・定着の順序には,教員側から合理的なコントロールを加える必要がある。個々の文型についても,既習の文型・語彙を使いつつ,導入した文型とその用法に集中して,一つずつ定着を図ることになる。

このレベルでの文型の導入・定着には,教員と学習者間の緊密なフィードバック(誤りの訂正・正答に対する褒め等)や,学習者同士の相互協力(会話練習のペア等)が必要である。このことから,授業の根幹部分は,オンライン教材を用いるよりも従来通りのクラス活動による教授法を採る方が,はるかに確実かつ効率的であると考えられる。

オンライン教材を用いるとすれば,クラスでの授業で導入した文型・語彙を定着させるための短い反復ドリルが有効であろう。その種のドリル系のコンテンツは,WebCTでもオリジナルのものを作ることは容易である。またインターネット上にも,文型・語彙だけでなく表記や発音に関するものなど,多岐に渡って教材として使えるサイトがあり,それらはWebCTと連携させて利用できる。例えば次のようなものである。

●雅芳[8]…ひらがな・カタカナ・常用漢字の字形と書き順を動画で示す。

●LESSON/J[9]…単語/単文の発音の聞き取りクイズ。Javaを使って開発されている。

●CMJ Grammar[10]…名古屋大学留学生センターの発行する教科書に基づく文型ドリル。

●JLPT問題検索室[11]…日本語能力試験1~3級の文法・語彙の選択問題データベース。

4・2 中級(学習時間300~600時間)

中級レベルは,それまでに習った基本文型に新たな語彙や表現を組み合わせて,より複雑な文章を構成したり理解したりできるようにすることを目的とする。従って,対応するオンライン教材においても,「読む」「聞く」ための課題は単語・単文単位から段落・文章単位の提示が求められ,「書く」「話す」課題も同様に,ある程度のまとまり(ディスコース)を持つアウトプットを要求することになる。

また,教員のコントロール下での学習から学習者の自律学習への切り替えを促すのもこのレベルからであり,学習者が自力で課題達成のためのリソースを探るのを支援するようなオンライン教材も有効である。

例えば,インターネット上で公開されている読解支援ツールの「リーディングチュウ太[12]」と「あすなろ[13]」は,いずれも読解用文章をオンデマンドで単語/語句レベルに分解し,自動的に辞書引きをしたり係り受けを表示したりするものである。このような支援によって,長めの文章であっても,学習者は内容を解釈することに集中して時間を割けるようになる。

「書く」ことに関しては,電子メールやWebを介して文章添削を支援するシステム「E‐Correct[14]」を挙げておく。このシステムでは,学習者が書いた文章に対して添削者が修正意見を画面上で付加していくことができ,それに基づいて実際に修正するかどうかを再び学習者が判断する。これによって,添削者さえ確保すれば,学習者が自分の作文の誤りを自覚しながら「書く」スキルを向上させていくオンライン環境が整うことになる。

4・3 上級(学習時間600~900時間)

中級後半から上級にかけては,日本人が普通に触れる生の日本語(新聞,テレビ,一般の人との対話等)をリソースとして,そこから自分が必要とする情報を得たり,発信したりすることが自律的にできるようにすることが主な目的となる。

従って,教員側では,作り込んだ教材というより,むしろ目標設定(どのような情報を得るか/発信するか)を適切にし,その解決に必要となりそうな幅広いリソースの集合をWebCT上でアレンジすることが求められる。

そのためのオンライン環境として,リソース収集には,学習者が自由に検索可能なネット上のデータベース系が適している。例えば,「佐賀新聞記事データベース[15]」は,任意の単語を含む新聞記事を検索する無料のサービスで,特定の話題に関する資料や,辞書に載らない言い回しの用例などを収集するのに役立つ。もちろんGoogleなど通常のネット検索サイトも有効に利用できる。

情報発信の場には,ありきたりではあるが,日本語によるチャットや掲示板,あるいは個人のWebページ掲載が適当であろう。ただしこの場合でも,先に述べたように,学習者のアウトプットに対して課題を踏まえた適切なコメントを返せるような指導員コミュニティの育成が欠かせない。

5 まとめ

WebCTと連携して利用することを前提に,日本語オンライン教材のあり方を「言語技能」と「学習レベル」の面から考察した。その中で,提供すべきコンテンツや学習支援ツールの具体例を,既存のオンライン教材や学習環境からいくつか紹介した。

最後に,本稿執筆の機会を与えてくださった長谷川靖子先生を始めとする京都コンピュータ学院の皆様に深く感謝します。

参考資料

[1] http://www.webct.com/

[2] http://www.csk.co.jp/

[3] http://www.nime.ac.jp/

[4] http://www.adobe.co.jp/products/acrobat/adobepdf.html

[5] http://www.cns.toyama-u.ac.jp/kouhou/cns05/kouhou5pdf/hamada.pdf

[6] http://www.iijnet.or.jp/jpf/jlpt/contents/main.html

[7] http://www.aiej.or.jp/examination/efjuafis.html

[8] http://www.gahoh.com/

[9] http://sp.cis.iwate-u.ac.jp/sp/lesson/j/

[10] http://mercury.ecis.nagoya-u.ac.jp/webcmj/

[11] http://www1.linkclub.or.jp/~yokozawa/nihongo4u/cgi-bin/mondaidb/index.html

[12] http://language.tiu.ac.jp/tools.html

[13] http://hinoki.ryu.titech.ac.jp/

[14] http://www.apex.jp/e-correct/

[15] http://www.saga-s.co.jp/pubt2002/ShinDB/

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田渕 篤
Atsushi Tabuchi
  • 京都大学工学部卒
  • 同大学大学院工学研究科修了
  • 日本電気(株)に入社し,関西C&C研究所等にて研究に従事
  • 退職後,フィリピン・デラサール大学教養学部日本研究コースで講師
  • 帰国後,「(財)京都日本語教育センター」教員を経て,2001年より本学院に就任
  • 「Java」「基礎情報活用」などを担当
  • 京都コンピュータ学院教職員

上記の肩書・経歴等はアキューム12号発刊当時のものです。