Accumu 京都コンピュータ学院創立50周年・京都情報大学院大学創立10周年記念式典

祝辞 京都大学 総長 松本 紘 様

京都大学 総長
松本 紘 様

京都大学 総長 松本 紘

本日は,京都コンピュータ学院創立50周年,京都情報大学院大学創立10周年の記念式典,おめでとうございます。この席にお招きいただきまして光栄に存じております。私も京都コンピュータ学院の活躍については知っていたつもりでしたが,皆様のご挨拶などをお聞きして,国際的な取り組みを含めた活動を改めて知ることができ,大変感服しているところであります。

京都コンピュータ学院の創立以来,もう50年も経ってしまったのかと思うと,時の流れの速さ,社会の変化の速さを改めて認識させられます。実は京都コンピュータ学院と京都大学は深いご縁があります。そのことについて若干ご紹介し,祝辞に代えさせていただきます。

あまり知られていませんが,京都大学は1959年に日立製作所と共同で,日本で初めてのゲルマニウムトランジスタ計算機であるKDC-1(京都大学ディジタル型万能計算機第一号)を開発し,京都大学工学部に設置しました。そして1961年には,日本の大学として初めての計算センターである「電子計算機室」が本学に発足し,KDC-1が全学的に供用され,その後約15年間共同利用されました。このころ私は,ちょうど高校から大学へ進む時期でしたが,「電子」あるいは「半導体」という素晴らしい言葉の響きにひかれ,それだけの理由で電子工学科に進みました。しかし入学後は,コンピュータ,電子計算機が非常に発展の可能性があるものだという雰囲気を感じました。

そのころに,京都コンピュータ学院の母体であるFORTRAN研究会が,京都大学文学部卒業の長谷川繁雄初代学院長と,当時京都大学大学院理学研究科博士課程に在籍していた長谷川靖子現学院長によって,京都大学における学術研究のために大型計算機を利用しようとしている研究者たちの意見交換,教育の場として設置されたと伺っております。素晴らしい先見性があったと思います。私は「前田研究室」に入ったのですが,2年先輩に,京都情報大学院大学現学長の茨木俊秀先生がいらっしゃいました。先ほど先見性があったと申しましたが,コンピュータについて長谷川繁雄様は「計算機は心がなければならない。哲学である」とおっしゃったといいます。的を射ていると思います。

1969年には京都コンピュータ学院が設置され,広く一般の学生に対してコンピュータのプログラミング教育を実施されるようになりました。京都大学ではその1年後の1970年に工学部に情報工学科が設置されましたが,設置の議論の中で京都コンピュータ学院との違いが議論され,プログラミングを教えるのではなく情報を学問にするという立場の学科になりました。この考え方が広く国内に広がり,日本の大学の情報系の学科ではあまりプログラミング教育が重視されませんでした。ハードウェア・理論には強いがソフトには弱いと言われている日本の情報産業の構造のルーツがこのあたりにあるのかもしれません。

京都大学 総長 松本 紘

このように,計算機の黎明期から,京都大学は京都コンピュータ学院といろいろな接点がありました。創立者のお二人が京都大学出身ということもありましたが,創立以来,京都大学大学院工学研究科情報工学専攻の大学院生の多くが京都コンピュータ学院で授業を担当してきました。学生にとってはアルバイトをしながら自分の知識を深めるいい機会になっていました。また,カリキュラムに関しても博士課程の学生にいろいろと相談をされることもあり,京都大学工学部情報工学科と似たようなカリキュラムになっていた時期もありました。現在は大学内にTA,RAなどの職が整備されてきたこともあり,人数は減っていますが,この強い関係は現在も続いております。

2004年に設立されました日本で初めての情報系の専門職大学院である京都情報大学院大学の初代学長の萩原宏先生,第二代学長の長谷川利治先生,そして現学長の茨木俊秀先生はすべて京都大学の名誉教授であります。現在も,京都大学名誉教授や卒業生が京都情報大学院大学の教員としてご活躍されており,その数は全体のおよそ20%にも達していると伺っています。ですから,京都情報大学院大学と京都大学は姉妹校であるような親しい気持ちを私は抱いております。

先ほど50年の歩みを紹介するビデオが流れましたが,コンピュータの時代を先取りし,時代を先読みして,このような新しい事業を始められ,教育界に大きな波紋を投げかけられました。そのビデオに惑星やロケットが映し出されましたよね。ちょうど私が学生時代に,電子計算機と宇宙がファッションになりつつありました。そういうご縁があって,宮本正太郎先生が名誉学院長になられたとのご紹介もありました。私は電子工学出身だったのですが,宇宙科学をやってきた人間として,両方に関係があると親しみを感じたところであります。

これからはどういう時代がやってくるのか。私の印象を申しあげますと,技術が進んで,「発明が必要を生む」ような時代になるのではないかと考えています。本来ならば必要が発明を生まなければならないのです。あまりにも技術が多くあり,また情報過多であるため,これらを使おうとするあまり,おかしな方向に進んでしまうことを危惧しています。

京都コンピュータ学院,京都情報大学院大学の学生さんは,この会場に来るとき,地下鉄の駅から整然と胸を張って歩いておられた。彼らは単にプログラミング教育を受けているだけではない,しっかりした哲学も学んでおられると感服いたしました。京都コンピュータ学院,京都情報大学院大学が,日本を,そして京都を世界に知らしめるだけでなく,本来あるべき情報科学のあり方を追求する場としてますます大きな貢献をされることを期待し,お祝いの言葉とさせていただきます。