Accumu 京都情報大学院大学初代学長 萩原 宏先生が永眠 学校葬・追悼式を挙行

新たな木の芽を生み出し,先生に報いたい

京都情報大学院大学教授 渡邉 勝正

永い間お世話になり導いていただいた恩師とお別れすることはとてもつらく寂しいことです。

萩原宏先生は,昭和34年(1959年)頃には,社会であまり知られていなかった電子計算機(コンピュータ)の分野への道を付けられて,若者に扉を開いてくださいました。

京都大学工学部数理工学科で「計算機システム」の講座を担当されて,未知の世界への探求心の種をまき,その種を育ててくださいました。当時,一つしかなかったフィスター著『ディジタル計算機の論理設計』(昭和35年発行)という分厚い書籍をテキストにして,この分野での基礎を植え付けていただきました。単に,授業だけでなく,計算機の設計と導入に幅広く寄与されて,実際に計算機を活用する機会を作ってくださいました。

KDC-1の設計と導入,マイクロプログラム方式のKT-Pilotの設計と導入,それを基にしたTOSBAC-3400の設計,実習教育用のNEAC-2101,FACOM,HITAC-10の導入や,HITAC-8350の導入など,当時の日本の計算機関連企業と広い関係を持たれて,技術の進展と技術者の育成に情熱を注いでこられました。また,京都大学大型計算機センターの設立と大型計算機の設置にご尽力されて,日本の大型計算機センター網の発展に尽くされました。

「計算機システムはハードウェアとソフトウェアが一体になって機能を達成するのだよ」というお考えのもとにご研究を進められ,学生を導かれていました。私も,「ALGOLコンパイラの作成」の問題で,研究室で指導を受けてきました。その後,それが「コンパイラコンパイラの構成」へと進み,「プログラムの自動生成」に発展するようになりました。

単に学内で学習や研究を進めるだけでなく,当時まだ新しかった情報処理学会での発表(1965年),情報処理学会若手の会への参加の機会を作ってくださいました。そこでの人との出会いが,その後の活動に良い基盤を与えてくれています。また,数理解析研究所講究録(75,1969年6月)での発表と討論への参加や,『基礎工学ハンドブック』(オーム社,1974年11月)でのソフトウェアとコンパイラの部分を分担執筆することなど広い活動の場を示してくださいました。こうした機会を通じて,先生から多くのものを教えていただきました。

萩原先生は,情報処理学会の設立(1960.4.22,昭和35年)にご尽力されただけでなく,第16代会長(1991-1992年)に就任されて,企業と大学の融合と学会の発展に力を注がれていました。

京都大学の中でも,数理工学科の育成とともに,新しい情報工学科の創設にご尽力されました。二つの学科が,現在の京都大学大学院情報学研究科の土台になっていると思います。コンピュータを中心にして,社会における情報とネットワークに発展していく種を蒔かれていました。その考えはずっと以前から持っておられたようです。

大学の運営の面で苦労された一つに,大学紛争時に数理工学教室主任を務めておられたことがあります。残念ながら,造反する学生に主任であった先生の室が封鎖されて,中に入ることができなくなりました。また,質問あるいは討論の場で,学生が遠慮のない議論を吹っかけてくることがありました。話題によっては柔和に受け止められておられましたが,ときには厳しく叱咤しておられました。傍聴しているものがはらはらする場面もありました。その後,少し時間をおいて説得され,何時の間にか封鎖が解かれました。

貴重な時間を無益に過ごした感じもありましたが,こうした異常な状態に遭遇して,先生からは普通では聞けないようなお話を伺う機会がありました。それが,後日,私が京都大学から別の大学に勤務するようになったときに,よい教えになっていました。平穏な日々だけでなく,予想外の事柄に出会った時の対処の仕方はこうした経験から得られるのでしょうか。これまでの伝統と新しい改革のバランスはとても重要に感じられました。

その後,「計算機システム」の考えを拡大して,並列処理アルゴリズムや,ハードウェア設計言語によるハードウェアとソフトウェアのコデザイン(Co-design)の問題に取り組みました。それに関連して,萩原先生が計画された並列処理の総合研究で,多くの大学の方々と議論する機会と,並列処理の著書を記述する契機を与えていただきました。

先生はお酒をよく嗜んでおられました。研究室でのコンパや研究会の食事の場では,ゆっくり飲みながら,平素は聞けないようなお話を伺ったり,お得意の歌を聞かせてもらったりしました。お酒の面でも少しは鍛えてもらったかもしれません。

このように,多様なチャンスと広い視野を育ててくださったのは,私だけに限らず,先生にお世話になった多くの者に及んでいます。大きな木の幹から,多くの枝が張り出して,花を咲かせ,実を結ぶ結果が得られています。実から新しい種を出して,新たな木の芽を生み出すことが,先生に対するお礼であり恩に報いる感謝でもあります。私の場合は,現在,京都情報大学院大学で若い人達の新しい芽を育てる活動をさせてもらっています。

先生のご冥福を祈るとともにいつまでも見守ってくださることを願っています。感謝!

この著者の他の記事を読む
渡邉 勝正
Katsumasa Watanabe
  • 京都大学大学院博士課程修了(数理工学専攻),工学博士
  • 京都情報大学院大学教授
  • 元京都大学助教授,元福井大学教授,元奈良先端科学技術大学院大学教授,一般社団法人情報処理学会フェロー

上記の肩書・経歴等はアキューム22・23号発刊当時のものです。