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Accumu Vol.16

オープンソースソフトウェアの魅力

京都コンピュータ学院 湯下 秀樹

伽藍とバザール

1998年11月,マイクロソフト社の社内文書が流出した。ハロウィン文書と呼ばれるその資料には,オープンソースソフトウェア(OSS)に関する分析と対応が詳細に記載されており,世界のマイクロソフト社がリナックスに代表されるOSSを脅威とみなしている証左として,大きな話題となった。現在,OSSはソフトウェアの一大潮流として,看過できないものとなっている。

オープンソースソフトウェアとは何か。通常,市販されている基本ソフト(オペレーティングシステム)やアプリケーションソフトの場合,購入者はバイナリコードにしかアクセスできない。それに対して,OSSはソースコードを公開する。OSSの広義の定義としては,ソースコードを公開しているソフトウェアということができるだろう。それに加えて,コピーして配布することの自由(頒布の自由・Free Redistribution)や,改変を加えて派生物を作成することの自由(派生著作物・Derived Works)などもOSSの特色として挙げることができる。この点,OSSは無償のソフトウェアであると思っている人もいるが,OSSの定義に無償性は含まれていない。

OSSの代表格は,1991年にヘルシンキ大学の学生であったリーナス・トーバルズによって開発が始められたオペレーティングシステム(OS),リナックスである。大学生のトーバルズは,著名な学者アンドリュー・タンネンバウムが教材用に開発したミニックス(Minix)というOSを手本にして, リナックスの原型を作成し,そのソースコードをウェブ上で公開した。するとウェブを介して,世界中からボランティアでリナックスの開発をする研究者・技術者が現れた。そこから常識を覆す事態が生じた。

従来から大規模なソフトウェアの開発といえば,計画的に実施され,デバッグの作業も少数の人間が丹念にチェックを繰り返さねばならないと考えられていた。結果的にリリースの間隔も空いてくる。リチャード・ストールマンを首領とし,フリーソフトウェア運動を展開するFSF(Free Software Foundation)にみられるソフト開発の手法も正にそのようなものだった。計画的かつ組織的なその開発手法は,ちょうど巨大なカテドラル(伽藍)を建築するときのようだ。

それに対してリナックスの開発手法は,「早めにしょっちゅうリリース,任せられるものはなんでも任せて,乱交まがいになんでもオープンに」し,「いろんな作業やアプローチが渦巻く,でかい騒がしいバザールに似ているみたいだ」。エリック・レイモンドは,FSFのソフト開発手法(伽藍方式)とリナックスの開発手法(バザール方式)を対比させ,「伽藍とバザール」(the Cathedral and the Bazaar)を書いた。

早めで,かつ頻繁なリリースがバザール方式の特色の一つだ。そんなことをしたらバグだらけになるのは当然のことだ。デバッグの作業はどうするのか。リナックスの開発手法が革新的であったのは,ユーザを共同開発者として扱ってしまったことだ。「目玉の数さえ十分あれば,どんなバグも深刻ではない」,この考え方をレイモンドはリーナスの法則という。ユーザを共同開発者とすることができれば,対応も迅速にでき,ソフトの完成度はあがる。頻繁にリリースを繰り返すことで,世界中に散らばる開発者の作業重複は避けられる。

ひとつ素朴な疑問がある。リナックスの開発者たちは,せっかく自分の創ったものを他人に無償で提供してしまう。それはなぜか。この点について,ペッカ・ヒネマンは次のように言う。こうした開発者を「動かす原動力は『仲間からの称賛』である。同じ情熱を共有する共同体のなかで称賛されることは,彼らにとっては金銭よりもずっと重要で,ずっと深い満足感を与えてくれることなのだ」と。リナックスの開発者たちは金銭以外の方法でモチベーションが維持されているのだ。

なんとも凄まじい好循環がリナックスの開発においては実現されていることがよくわかる。生産的で創造的な組織やコミュニティをどうやって創出するかという問いへの理想に近い回答がリナックスの開発コミュニティにはあるといえるかもしれない。

コードではなくライセンス

どうしたら,そんなことが可能になるのか。レイモンドは,バザール方式が成立し機能するための前提条件を2つ挙げている。第一に,最初からバザール方式でコードを書こうと思っても無理で,原型となるものがなければならない。それによって,「まずなによりも実現できそうな見込みを示せなきゃならない」とレイモンドは言う。次に,大切なのは開発コミュニティの主宰者の資質である。「とてつもないデザイン上のひらめきを自分で得る必要は必ずしもない」が,「絶対に必要なのは,その人物がほかの人たちのよいデザイン上のアイデアを認識できるということ」,そして「対人能力やコミュニケーション能力が優れていないとダメだ」とレイモンドは言う。

筆者は,レイモンドが指摘していない,もう一つ重要な点があると考える。コミュニティの絆を形成するためには,一定の教義やルールが必要だ。リナックスの場合,そのルールに該当するのはライセンスだ。ライセンスが存在することによって,決して烏合の衆とはならず,共通の価値観で,ゆるやかではあるかもしれないが,明確にコミュニティの外と内が区分されている。リナックスの開発コミュニティの制度的基盤としてライセンスが果たす役割については無視できない。リナックスが採用しているライセンスは,エリック・レイモンドが伽藍方式として批判対象としたFSFのリチャード・ストールマンが考案したライセンス,GPL(General Public License)である。

OSSにおけるライセンスの重要性については,次のような言葉もある。「オープンソースソフトウェアの核心は『コードではなくライセンス』なのである。多くのITに熱心な人々やフリーの開発者たちは失望するかもしれないが,これが現実である。こうした現実は受け容れ難いことが多い。と同時に,法的な枠組みについて分析がなぜ非常に大切なのかという理由でもある。」(欧州委員会IDA「オープンソースソフトウェアの蓄積」2002年6月)

Copyleft - all rights reversed

ここで基本的な事項を確認しておきたい。コンピュータプログラムは,法的には第一義的には著作権の対象となる。1980年代に米国は産業競争力を強化するために,特許法や著作権法などの知的財産権法を強化するプロパテント政策を打ち出し,その一貫として,コンピュータプログラムを,特許権のような出願手続も不要な著作権で保護する方針を採用した。さらに1995年にはWTO(世界貿易機関)設立協定の附属協定として,「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」が成立し,コンピュータプログラムを著作権で保護することが盛り込まれ,それが世界的な標準となった。著作権を一言で表現するならば,複製禁止権であり,著作権者に無断で複製物を作成し配布(頒布)することが禁止される。現在のソフトウェア産業の隆盛の法的な基盤は,著作権法によるコンピュータプログラムの保護にあると言えるだろう。

この点,OSSは前述したとおり,利用者がソフトウェアをコピーして配布することを前提として認めている。そのためOSSが著作権を放棄したうえで成立しているのではないかと誤解され易い。しかしある作品の著作権者がその権利を放棄し,その作品に誰かが改変を加えると,その手を加えた者のもとで新たな著作権が発生してしまう。つまり自分の作品の著作権を放棄すると,別の人間に権利を潜脱されてしまうという事態を防げず,自由に改変を加え,再頒布するというOSSの枠組みは維持できない。OSSが成立するためには,この法的な問題に解決を与える必要があった。

この問題の解決方法を考え出したのが,リチャード・ストールマンである。ストールマンは1971年以来マサチューセッツ工科大学(MIT)のAI研究所において研究員としてシステム開発に携わってきた。当時のMITのAI研究所ではAT&Tベル研究所で開発されたユニックス(UNIX)が使用されていた。米国を代表する通信会社であったAT&Tは,独占禁止法により,コンピュータ業界に参入が禁じられ,結果としてユニックスを商品として販売することができなかった。その状況でストールマンらは,ユニックス文化ともいえるソフトウェアを共有する自由を謳歌していた。しかし,1984年にAT&Tのコンピュータ業界への参入が認められ,ユニックスも有償となり,ソースコードも厳重に管理されることになった。この変化に対して,ストールマンらは,フリーソフトウェア運動を開始し,ソースコードの公開を大前提とするフリーソフトウェアでユニックス互換のソフトウェア環境を実装するGNUプロジェクトを開始した。

その段階で,ストールマンは前述したジレンマの解決策としてコピーレフトという考え方を打ち出した。その概要は, 1. まず著作権は放棄しない。2. 著作権を保持したまま,自分の作品の改変も含めて自由に作品を使うことを第三者にみとめる。3. 但し条件をつける。その第三者も同じ条件で,他の者に使わせるようにすること。もしその条件に反し,私的な独占をした場合には,保持している著作権に基づき,その第三者には作品の使用を認めない,というものである。私的独占を確保するための権利である著作権を逆手にとり,その効力を以って,自由を確保するという考え方である。通常,著作権を示すために「Copyright - all rights reserved」と表示されるが,それをもじってストールマンは,「Copyleft - all rights reversed」(コピーレフトすべての権利が逆さになっている)と言った。この思想は,OSSを支える根本的な考え方の一つであるといえよう。ストールマンは,コピーレフトの思想を文書化し,それをGPLと名付け,彼らの開発したフリーソフトウェアの利用者に,その遵守を義務づけた。リーナス・トーバルズもリナックスのソースコードを公開するにあたって,GPLをライセンスとして採用した。

オープンソースソフトウェアの可能性

オープンソースソフトウェアの世界の魅力は,リナックスの開発手法や著作権を逆手にとったコピーレフトの思想などに代表されるように,従来の常識を覆す自由な発想に支えられている点にある。OSSの世界の魅力を一言で言えば「自由」ということになるだろう。OSSの源流といえるリチャード・ストールマンのフリーソフトウェア運動の基本的なモチーフは,コンピュータソフトウェアは本来共有されるべきものであり,それを私的独占し,ビジネスを展開することは望ましくないというものである。この点を捉えて,OSSがソフトウェア産業自体を否定するかの如く捉える向きもある。しかしこれは全くの誤解である。ストールマンが考案したGPLに盛り込まれている,ソースコードの公開,改変の自由,再頒布の自由という基本的な考え方自体は,利潤追求を目的とするビジネスと矛盾するわけではない。企業側の視点に立てば,ソースコードを公開したうえで,企業はユーザ・サポートなどを行って利益をあげるというビジネスモデルもあるし,従来型のソースコード非公開,複製・改変禁止というライセンスのもとで頒布するビジネスモデルが適したソフトウェアもあるだろう。ユーザ側の視点に立てば,ストールマン的な私的独占を否定する思想に共感を覚えることもできるし,そうした思想に反発を覚えながらも,OSSを利用することもできる。このような意味においてOSSの世界は自由なのだと思う。

僕たちが生きるうえで選択肢が増えることはとてもよいことだ。選択の幅が増えるとそれだけ僕らは自由になれる。OSSの潮流が生まれたことで,企業にとっても,ユーザにとっても選択肢が増えたのであり,コンピュータソフトウェアをめぐる未来が,OSSが生まれる以前よりも自由なものとなったといえるだろう。

【参考文献】
●秋本芳伸・岡田泰子  『オープンソースを理解する』(ディーアート2004)
●エリック・レイモンド  『伽藍とバザール』(光芒社2002)
●仙元隆一郎  『コンピュータプログラムと著作権』「Accumu Vol.11」
●ペッカ・ヒネマン  『リナックスの革命―ハッカー倫理とネット社会の精神』(河出書房新社2001)
●リチャード・ストールマン  『フリーソフトウェアと自由な社会』(アスキー2003)
●脇英世  『リナックスがWindowsを超える日』(日経BP社1999)


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湯下 秀樹
Hideki Yushita
  • 京都コンピュータ学院教員
  • 早稲田大学法学部卒業
  • 同志社大学大学院法学研究科博士課程前期課程修了
  • 修士(法学)
  • 2004年に京都市文化芸術振興条例策定協議会委員を務める
  • 著書「インターネット検索能力検定試験教本」(共著)

上記の肩書・経歴等はアキューム16号発刊当時のものです。