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Accumu Vol.9

創立35周年を迎えて(1998.11.18)

京都コンピュータ学院 学院長 長谷川 靖子

京都コンピュータ学院 学院長 長谷川 靖子

京都コンピュータ学院は今年創立35周年を迎えましたこの記念すべき年にあたり35年の歴史を振り返りながら本学院のアイデンティティを再確認したく存じます創立当初はコンピュータの幕開け時代でした当時は行政においても大学においてもコンピュータを学術部門ビジネスの特殊部門の道具と考え一握りの専門家で充分だと認識しておりまたそれが社会全体の常識でもありましたしかし私達はコンピュータの特性から来るべき情報化社会を予見し大量のソフトウェア技術者養成の必要性を痛感し全国の大学に先駆けてコンピュータ教育をスタートさせたのでした自ら進んで時代を担っていこうという教育革新への情熱情報教育普及の使命感が創立の原点にあったのですこれらは学院のアイデンティティとして次々と発揚されていきます

創立当時は日本語で書かれたコンピュータの書物は皆無に近く先例のない教育実践はカリキュラムの創造からのスタートでしたその頃コンピュータは想像を絶するほど高価なものでしたからメーカーのシステム開発を引き受けるという条件でコンピュータの設置をメーカーに依頼しそれを教育の実習用として使用させてもらいました

その後東芝の好意でトップクラスの機械を設置それを「教育」だけのために学生に対し自由に開放しましたがそれは当時としては異例の現象でしたその後ユニバック超大型機によるTSSのいち早い実現など1960年代から70年代の学院の大型機教育における先駆性は一流国立私立大学に匹敵し他の国公立私立大学にはるかに差をつけるものでした

80年代初期はコンピュータ大革命時代といわれるパソコン時代の幕開けです本学院はいち早く3000台のパソコンを東芝に発注学生1人1台所持させ実習の充実をはかりましたがこれは世界のトップを切る教育的実践でしたいつの時代においても私達は社会の要請をいち早く捉え時代を先取りしより充実したより新しい情報処理教育を追求実現してきましたこの革新性先駆性は本学院のアイデンティティとして重要です卒業生達はこのアイデンティティを自己のものとして継承し日本情報化社会の推進役として情熱をもって時代を創っていったのです

80年代も中期に入ると国際化の波が日本に押し寄せます日本の技術の飛躍的進歩と共に日本企業の国際進出も著しく国際摩擦も深刻化します本学院はこの情勢に対応して国際情報処理科を創設学生に対する国際性の涵養を目的としてアメリカにボストン校を設置いたしました

その後日本は「技術立国」としてより一層の発展を遂げ日本の経済力は世界最強のものとなり途上国からの支援要請が相次ぎました日本に対して世界から期待される国際貢献を民間の情報処理教育の立場において捉え私達は発展途上国東欧圏に対し学院保有の2000台のパソコンを利用したコンピュータ教育普及のための支援活動を企画いたしました

相手国教育省に数百台のパソコンを寄贈現地教員の養成を本学院が行うというコンピュータ教育普及のためのボランタリー活動です

1989年より準備を開始1990年よりこのプロジェクトは実践に移され現在までその対象国はアジア圏ではタイスリランカ中国東欧圏ではポーランド南米ではペルーアフリカではガーナケニアジンバブエそれに今年実施のマラウイナイジェリアを加えて合計10ヵ国に達しています

中国ナイジェリアを例外として支援対象国では教育省が行政の一環として取りあげかくて広域にわたるコンピュータリテラシー教育がその国で初めて実現するという教育行政上の歴史的プロジェクトとなったのでした

支援は第一次支援にとどまらず二次三次と続き例えばタイでは第四次支援として昨年1月ノートブックパソコン30台を寄贈しトレーラーに搭載した「動くコンピュータ教室」を実現し前回のタイ教育省の表彰に続いてタイ王妃より表彰されましたガーナには一昨年第三次支援としてパソコン150台を寄贈しましたが前回の分と合わせて350台がガーナ広域にわたる高校でフル回転していますガーナ教育省と科学技術省より本学院に表彰の楯が贈られましたポーランドにおいては本学院の継続支援がポーランド政府日本政府を動かし「ポーランド日本情報大学」の誕生となって結実いたしました

いうなれば民間の一専修学校のボランタリー活動ですしかしなぜそれが各国の政府を動かす程の力を持ち得たのでしょうか私達には海外活動に使用する資金はほとんどありませんでしたしかし情報教育の普及ということに関して私達は発言する理由を持っていましたそれは日本情報処理教育のパイオニアとしての実績です情報教育の普及が国の発展のために何より必要だということを世界に向かって発言したいそしてそのパイオニア体験を世界に向かって伝えていきたい海外コンピュータ教育支援活動は本学院のアイデンティティの上に立って考えた国際貢献でした私達学院メンバーの間には情報教育の普及に関する熱い使命感がみなぎっていましたこの情熱があればこそ海外活動も結実し得たのです

ここ数年の間のインターネットの浸透は凄まじいの一語に尽きます世界各国において急速なコンピュータリテラシー教育が普及し始めましたコンピュータはスペシャルな領域のものでなく誰もの生活の中に浸透する文化なのだという認識は今では通説になっています

しかしはじめに申しましたように35年前学院創立の頃は行政の間でも大学の間でもコンピュータはスペシャルな領域のものだとする認識が圧倒的でしたその頃から本学院はコンピュータを文化として捉え続けてきましたそしてその信条の下コンピュータ技術教育と共にコンピュータリテラシー教育普及の必要性を各国教育省に説得しました単なる技術指導にとどまらず支援対象国の教育省に対してコンピュータ教育に対する認識の変革を促し広域の層に対するリテラシーとしてのコンピュータ教育の実現をサポートした点で本学院の海外コンピュータ教育支援活動は明日の時代へと向かうより重大な意義を持つ国際貢献でした

インターネットによる情報スーパーハイウェイは世界各国が合流参加してこそよりパーフェクトな効果をあげ得るものです現在実現されまた考えられている様々なインターネット利用効果の中で私が最も大きく期待するのはインターネットによる全世界全民族の発言の自由性がもたらすであろう真の平等な民主主義社会の実現ですおそらく21世紀インターネットのグローバルな普及浸透は国家間の垣根を取り壊し大国主義を排除し世界平等の真の民主主義をボトムアップの力学において達成させるでしょう

私達はここに創立35周年を迎えて過去9年間本学院が途上国に対して行ってきたコンピュータリテラシー教育の普及活動をより今日的な意義において再確認すると同時にこのコンピュータ教育普及に対する使命感を学院精神のアイデンティティとして今後も継承熟成させていこうと固く決意いたしております

そして今年35周年を記念してマラウイ共和国への支援ケニア共和国第二次支援とスリランカ民主社会主義共和国第二次支援が発足しました今回は同志社国際中学校高等学校との合同支援が特徴で寄贈パソコン合計450台の中windows型70台が同志社国際中学校高等学校よりの寄贈です

これまで9年間海外コンピュータ教育支援は本学院単独で行われてきましたが今回初めて他の教育機関との合同が実現し私達は喜びに堪えませんこれを機により支援の輪が拡がっていくことを祈念いたします

さて情報教育における時代の新潮流への対応として近年特に重要なのは本学院とアメリカニューヨーク州ロチェスター工科大学(RIT)との関係です

1990年代前半マルチメディアの急速な発展の流れに対し学院は教育上の新たな対応を迫られることになりました

当時マルチメディアにおいては日米間に10年の開きがあるといわれていましたが私達はその差は日米の社会的背景の差異にその要因があると分析しました多民族国家多重文化混在のアメリカこそマルチメディア文化の土壌であると判断しアメリカマルチメディア文化土壌の学院への移植醸成を考えたのですそしてプラグマティズム教育で著名なRITをフォーカスしRIT教授陣のサポートの下1994年以降アート系メディア系の学科を誕生させました学内的にはRIT出身者達を加えて教員構成を充実させ毎夏のRITでの学生の研修またRIT教授による集中講義などを実施しております1996年3月本学院とRITの間で姉妹校提携が実現しましたアメリカ名門大学と日本の専修学校との姉妹校提携は日本では前例がありません

その後RITと本学院との関係はより発展し今年本学院の創立35周年記念事業の一環としてRIT大学院と本学院との教育合同プロジェクト発足を見るに至りましたこれは日本の大学卒業者を対象にRIT大学院コンピュータ関連二学科の修士課程を前半は本学院で後半はアメリカRITで仕上げるというプログラムです

周知の如く日本はハードウェア技術においては世界のトップに位置していながらソフトウェア技術においてはどうしてもアメリカに追いついていませんさらに情報化時代に対応した企業におけるプロジェクトチームのリーダーとしての人材欠如が深刻ですこの合同プログラムによる教育が高度情報化時代にむけて従来の日本の教育に欠落していた部分を補い日本情報教育界へ一陣の新風を送ることを私達は願っておりますこのプログラムは本年4月よりスタートしましたもちろん日本で初めての試みであり画期的なプログラムとして種々マスコミで大きく取り上げられました以上の他大学と本学院との姉妹提携は中国北京天津西安の三大学に対しても展開されていますさらに前述支援対象国の教育省と本学院の間に友好関係がすでに締結されており本学院の国際教育ネットワークはインターネット時代一層の充実と発展を見ることでしょう

最後に少子化現象による専修学校サバイバルの動向に関して言及したく存じます

不況が続きさらに少子化現象が深刻な中金融ビッグバンに続く教育ビッグバンはどのような形で起こるのでしょうか短大はもう既に凋落の一途をたどっております大学も生き残りをかけて学生募集に懸命です先日専修学校から大学への編入が法的に認められるようになりましたこれを学生数激減の大学への救済策と受けとめている大学も多いようですしかし専修学校から大学への編入を認める法令は大学の少子化救済策でなく日本の教育変革の一環としての深い内容をはらんだものと私達は推察しております

工業化社会においては偏差値教育画一教育が文教政策としてとられましたこの教育は確かに日本経済の発展に大きく貢献しましたが21世紀高度情報化社会ではこの教育はむしろ反対の効果を生みます日本の社会は教育の大きな変革を必要としているのです

画一主義教育の時代は中央集権的文教政策に従って私立といえども国庫補助金助成の下国公立と同じ道どりで進むことを余儀なく強いられましたそのような中で行政に保護され行政に依存し何のアイデンティティも築かなかったような大学はレジャーランドと化していきました「レジャーランド大学」は変革の時代の担い手となる人材を輩出する力を持ち得ません時代は優秀な人材のバラエティを求めて教育の個性化を要請ししかもデータ上では少子化現象が明確です

ユニークな本物の専修学校から大学への編入の流れをつくり個性なき大学の活性化をはかりかつアイデンティティの確立も疑われるレジャーランドの大学には補助金を削減し縮小整理していくというところに文部行政の真意があるのではないでしょうか例え行政に100%その意図がなくとも歴史の趨勢として本物の教育が残りレジャーランドは教育界から消えていくのは必定です専修学校の学生は決してレジャーランドの大学には編入しないでしょう現実に本学院へはレジャーランドの大学を見限って再入学した学生がすでに1割に達しています本物の専修学校は経済的に自立しまた自らのアイデンティティにおいて理念的にも自立していますどの分野においてもどの時代においても「本物は強い」のです「本物は勝つ」のです

現在日本の業界は不況の嵐の中であえいでいますその中で世界的シェアを掌握し高収益を上げているのは京都の企業群です京セラ村田製作所ローム任天堂三洋化成工業堀場製作所等が列挙されますこれら企業の元気の良さの理由として「京都の持つ風土的な革新性だ」とか「京都企業には規模でなく質を追う本物主義の伝統があるからだ」あるいは「社会のニーズに対する洞察性だ」といわれていますさらに千年以上も京都は日本文化発信の地でもありました本学院の情報教育における革新性先駆性規模でなく質を追う教育における本物主義時代的ビジョンと社会のニーズの的確な掌握と対応性情報文化発信の使命感学院アイデンティティであるこれらすべてにおいて本学院は『京都』そのものを象徴する学校です少子化現象と教育ビッグバンの中で私達学院としても大きな危機感を持っていますしかしこうして過去の歴史を振り返り学院のアイデンティティを確認すれば未来が見えてくるではありませんか元気ある京都企業と同様に時代を超えて本学院は発展し続けると確信いたします

振り返れば35年間「わが歩む前に道なしわが歩みし後に道ができる」という創造者の歩みでしたそして今なお私達はより高い頂上を目指します

長い道程の中で私達は文部省京都府文教課大学企業そして京都市民達の心温まるご支援ご激励をいただきました心から感謝申しあげます

35年の間に送り出した卒業生3万3千人あまりの活躍は私達に何ものにも替え難い喜びと励ましを与えるものでした

学生の皆さん皆さんの肩に日本の将来はかかっております先輩達に続いて時代を担う技術者として「技術立国日本」を再び日出づる国にしていこうではありませんか

最後になりましたが本日外部からご列席くださいました皆々様本学院の今後の輝かしい発展に変わらぬご協力をくださいますようお願い申し上げます

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長谷川 靖子
Yasuko Hasegawa
  • 京都大学理学部宇宙物理学科卒業(女性第1号)
  • 京都大学大学院理学研究科博士課程所定単位修得
  • 宇宙物理学研究におけるコンピュータ利用の第一人者
  • 東京大学大型計算機センター設立時にテストランに参加
  • 東京大学大型計算機センタープログラム指導員
  • 京都大学工学部計算機センタープログラム指導員
  • 京都ソフトウェア研究会会長
  • 京都学園大学助教授
  • 米国ペンシルバニア州立大学客員科学者
  • タイガーナスリランカペルー各国教育省より表彰
  • 2006年財団法人日本ITU協会より国際協力特別賞受賞
  • 2011年 一般社団法人情報処理学会より感謝状受領
  • 京都コンピュータ学院学院長

上記の肩書経歴等はアキューム22-23号発刊当時のものです