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Accumu Vol.9

卒業生寄稿 情報化版 温故知新

中村 州男

原稿を電車の中で入力している著者
原稿を電車の中で入力している著者

この原稿はOASYSポケットという旧型の携帯ワープロで作成したもちろん筆者が本などの執筆の際には常にこの旧型の携帯ワープロを使用しているWindows98CEがある今日わざわざこのワープロを買う人はいないだろうだからといってこのワープロを不自由だと感じていないいやこのワープロの方が機能的だと感じている筆者が今発売されている情報機器を執筆に際して使うことはない新しい情報機器の選択はそれ以前に手にした情報機器の「使いこなし」の如何により変わるものである新発売の製品がいいとは限らないにもかかわらず最新鋭最高速のトレンドを追いかけるだけの情報機器が世の中に蔓延しているのははなはだ嘆かわしいものであるあたかも情報機器を購入することが目的になっているかのようだ道具に過ぎないはずの情報機器なのに

執筆と情報機器

この原稿はいつ作成

今は午前4時布団に寝そべってこの原稿を旧型の携帯ワープロで入力しているこれから通勤電車のなかでも入力することになるだろうもちろん立っている状態で数日後には出張もありそれまでに入力が完了していなければ移動中の飛行機や電車バスのなかホテルの机やベッドの上で入力することになるだろうこのように筆者の執筆活動は時と場所を選ばないむしろ「これを書こう」と発想がうかんだ時にその場で入力すると表現した方がいいのかもしれないそのような効率的な文書作成のためには机のうえに鎮座ましますデスクトップパソコンは不要ノートパソコンでも不自由である必要なのはそのような時と場所で軽快に入力できる道具としての携帯情報機器であるもちろん道具の携帯性や処理能力も重要であるがそれよりも筆者とその道具の親和性つまり「使いこなし」が軽快に入力するために最も重要なのであるだから1993年から使い続けている道具が手放せない

この原稿はどこで校正

入力や自らの目で確かめる校正作業が終わるとパソコンに原稿データを転送するそのパソコンは1989年から使いつづけているDOSマシンであるワープロソフトも一太郎Ver 4.3だこのデスクトップ型パソコンは個人事業用の経理資金繰りにも活用しているものであるつまり自宅のパソコンの前に座って行うのが最も効率のよい仕事に限ってデスクトップ型パソコンを利用しているわけだしかもその種の仕事にわざわざWindowsマシンを使う必要はないいや使うべきではないなぜならばその種の仕事にビジュアルな表現は必要ないからだビジュアルな表現とその操作をしやすいようにしているWindowsマシンはその種の仕事をこなすのには逆に足手まといになるこのアキュームの形にビジュアルに仕上げるのは出版社の仕事であり筆者の仕事ではない筆者は紙あるいはFD(フロッピディスク)で文書を提出し必要な写真をプリントして添付すればいいこの過程で最も重要なのはこの原稿を第一の読者(妻)に読んでもらうことである提出する前に自分以外の人の目でチェックしてもらうためにある程度の書式で印刷することであるそして文の組み立てや誤字脱字を直して提出するのであるもちろん文全体に問題があれば全文書き直しということもある原稿の修正とある程度の体裁に印刷することそれがこの段階の仕事に必要な道具の条件である

執筆にみる温故知新

筆者の原稿作成の二つの過程のなかで情報機器は道具に過ぎないその道具はそれぞれの過程のなかで仕事の効率を阻害するものではないしかし最も効率のいい方法なのかは自分でもわからない自分が販売店で手に触れた情報機器に比べてベターであるに過ぎないだからもっと仕事の効率があがる情報機器があればその購入も拒まないただしその道具を勧める人にとって効率がいいからといって直ちに購入することはない道具と人間との親和性は双方のバランスによって成り立っているからだなお筆者は業務ネットワークシステム構築指導のためにWindowsNT95電子メールのためにDOS版モバイルギア(原稿入力の後継機としても使用中)手帳がわりにポケットザウルスとそれぞれの目的に応じて道具を使い分けている情報処理技術者もパソコンとりわけWindowsだけの偏った技術を身につけるのではなく様々な人の利用目的に照らし新旧様々な情報機器のなかから最良の道具を選ぶ幅広い技術を持ち合わせて欲しい

企業情報化と情報機器

企業存続を支援する情報化とは

企業の情報化についても同じことがいえる企業が存続し発展しつづけるために道具としてのパソコン等を活用するに過ぎないもちろんパソコン等を導入すれば解決するような簡単な問題ではない企業としての戦略(長期目標)とそれを単年度ごとに実行する戦術(短期目標)を練ることが必要であるその戦略と戦術を物的に補完する仕組みのひとつにパソコン等のコンピュータ活用がある企業情報化は企業の存続発展を目的とした「人モノ情報」を連鎖させる仕組みづくりを指す計画性のないパソコン導入は単なるパソコン化であって企業情報化とは異なる次元のものである

企業情報化の一例

さて筆者が情報化指導をしている企業のなかでタオル卸売業を営む年商20億円弱の中小企業がある存続発展をかけて企業のスリム化と迅速な情報伝達が不可欠とされたこのため経営者は1995年に「支店レス支点」戦略を立案1998年より完全実施の時を迎えた「支店レス支点」戦略とは全国にある支店を廃止し営業員ひとりひとりを支店の機能を持った支点にするものであるつまり営業員は会社に出勤することは不要となり効率よく取引先を回ることができるそのために支店在庫を本社物流センターに集め支店在庫をゼロにすることからスタート昇級や賞与も実績ベースの計算方式に切り替えたしかも役員や従業員そして取引先に理解を求める活動に時間を割いた筆者はその間実現可能な情報システムを検討した実現可能とは金銭的な問題と人的な問題をクリアすることであるたとえ提示されたシステム案がどんなにいいものであっても企業規模に比して多額の投資が必要であれば導入には至らないもちろん導入してしまって経費が増大して経営を圧迫している例も少なくないまたシステムが完成したとしても使いにくいものであったり営業員にとって利益にならないものであれば営業員がそれらの情報機器を操作し使うことはないだろうシステムは完成したが使われずにほこりをかぶるのが関の山なのである

この企業に必要な情報化とは
又一興業の支店レス支点システムを支える中核 Windows95パソコンと端末となる旧型ノートパソコン全体
又一興業の支店レス支点システムを支える中核
Windows95パソコンと端末となる旧型ノートパソコン全体

そこでまず金銭的な面をクリアした支店レス支点支援システム構築費用を150万円以内にする提案を行い経営者の理解を頂いた一般的に会社にサーバー(中核のコンピュータ)を設置し営業員に携帯情報機器を持たせるWindowsNTをサーバーとし営業員にWindowsマシンやWindowsCE端末を使うことが多いしかしこの方法はお金がかかり過ぎる営業員が10人いれば端末だけでも100万円到底金銭的な問題をクリアすることはできない

また人的な問題についてはザウルス等の情報端末を営業員に操作してもらったところ意外な問題に直面した中高年者が多く小さくて字が見にくいしかもタッチペンやマウス等によるビジュアルな操作が苦手であることに気がついた後者の問題は教育訓練により解決は可能であるがそれに要する労力時間費用も多額であるし今後中高年者を採用する際に常につきまとう問題になってしまう

そこで経営者とともに考案したのが一世代前のソフトと一世代以上前の情報機器を使うことである結局予算を遥かに下回る50万円未満でシステムが完成したのである

完成したお金をかけない仕組みとは
又一興業の支店レス支点システムを支える端末となる旧型パソコンのキーボード上に貼ったシール(中高年者への配慮)
又一興業の支店レス支点システムを支える端末となる
旧型パソコンのキーボード上に貼ったシール
(中高年者への配慮)

サーバーにはデスクトップ型のWindows95マシン20万円程度の普及機でDOSソフトの組み合わせだけでシステムを作成しているWindowsでは普通のスピードのマシンでもDOSソフトだけを動かすのであれば高速マシンとして利用できるまた電話回線は1回線のみでフリーダイヤルで営業員からの情報のリクエストに応えている営業員10人程度であれば複数回線敷設する必要はないもちろんインターネットも使っていないこれはセキュリティの確保も考慮しているインターネットで自由に情報を閲覧等する仕組みにセキュリティーをかけることは所詮厳重に鍵を掛けた会社の金庫を道路に固定しているようなものであるたとえ電話代が安いからといって社外秘である販売在庫情報をインターネットで発信する道具の選択は正しいとは思えないしかもインターネット上でセキュリティーを確保するのに多額の費用がかかる

営業員に渡した端末は中古のノートパソコンであるそれも初代から3代目の最古型で中古ショップで7千円程度のモノであるこれに2400bps程度の今では使い道のなさそうなモデム中古ショップで1500円程度のモノであるこのような今では使い道のなさそうな低速なモデムでもビジュアル情報の送受信をしなければ十分機能するニフティなどのパソコン通信もこの程度で十分なのであるしかもキーボードにシールを貼り操作手順がわかるように工夫している

一人の営業員当たりの情報端末費用に1万円かからないので「支店レス支点支援システム」の通称はインターネットやイントラネットをもじって「マントランネット」と呼んでいる

企業情報化にみる温故知新

ところで通信販売やインターネット販売で世の中すべてがまわるような錯覚に陥るしかしこのようなインターネット時代になったからといって大規模小売店や商店が全くなくなるはずもない結果中小の卸売業も存続発展の可能性もある時流に乗った経営をすれば物流の担い手として大いに機能することだろう卸売業の営業員と小売業の方々とのコミュニケーションは今後ますます重要になるそこでは時間を増やすだけではなく営業員の質が高まるような迅速な情報受発信が必要である大手と違って中小企業の営業員が携帯情報端末をちらつかせたところで商売が広がるとは思えないからだ営業員の人間味を前面に押し出し情報端末は自宅で操作する程度の後方支援型にすることが温かい企業情報化だと考える我々は考える葦であってロボットではない今の企業情報化の行く先は冷たいコンピュータ化とロボット化への一本道のようだ情報処理技術者は道はまだ他にあることを知り自分の常識以外に他人の常識があることを踏まえた企業情報化支援をして欲しい

工学技術の頂点と情報処理技術者の使命

筆者が感動した一冊の本とは

オリヴァーウェンデルホームズの「一頭立ての馬車」と題する詩があるこれについてサイバネティックスの創始者ノバートウィーナーは著書『人間機械論』(第2版/鎮目池原訳 みすず書房)のなかで次のように述べている

「この古めかしい馬車は設計が非常に綿密で百年も使われた後に車輪車軸座席のいずれにもそれを組み立てている部品のどれかが他のどれかの部品より耐久性が高いという不経済さがなかったことが立証されたたしかにこの馬車は工学技術の頂点を象徴しているもので滑稽な空想ではないもしもタイヤがスポークよりもあるいは泥よけがシャフトよりも少しでももちがよかったならそれだけの経済価値がムダになってしまったことになるだから馬車全体としての耐久性を害さずにその部品の値段を安くするかまたはそれだけの費用を馬車全体に均等に注ぎこんで全体としての耐久性を増すことができたはずである実際この一頭立て馬車のような性能を持たぬ構造は設計にムダがあることになる

情報処理技術ではどうなのか

これは経済価値のムダを生まない工学技術の頂点としてどんな技術者でも心がけるべきことであるしかし情報処理産業ではどうであろうかまだ十分使えるパソコンなどをスクラップにしているところが報道されたこともある新機種の発売のために発売から半年も経っていない旧モデルをスクラップにすることもあると聞くこれは急速な技術革新やコンピュータメーカーや基本ソフト(OS)メーカーの戦略として片づけていいのだろうか筆者には情報処理産業を支える技術者がその工学技術の頂点に立とうとする志をもっていないとしか思えないもちろん「一頭立て馬車」は欧米の話であるし欧米で一頭立て馬車が今走っているかといえばその数はごくわずかであろうしかしすべて無くなったわけではない新しいモノだけを追いかけるのではなくたとえ古くても安価になったモノで十分機能するいやその方が適切な場面にはそれを適用するそんな柔軟な新旧の技術の適用が情報処理技術者にも求められている

情報処理技術にみる温故知新

そのためにはひとつの技術に没頭する前に多くの技術に関してある程度精通しておく必要があるそのバランス感覚がない技術者の仕事は趣味の域を脱しないものである趣味は自らが楽しむものしかし仕事として他人に喜んでもらうためには別の要素が必要であるビジネスの世界ではその技術を導入することが目的ではない会社が繁栄するその会社のお客さんに喜んでもらうひいては社会に貢献することが目的であるその目的を達成するための「人情報」による組織的な仕組みの一部に情報処理技術を道具として利用するだから最新鋭の高速高機能な道具を買うとかその技術習得が楽しいからというような趣味の域で情報処理技術の選択はしないより安くより長くより安定した情報処理技術を使い社会の変化に対応するために必要に応じて拡張が容易にできる技術を選択することを望んでいるそのためにはそれぞれの会社が目的とする方向により適した情報処理技術を選択することが情報処理技術者の使命といえよう

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中村 州男
Kunio Nakamura
  • 1979年京都コンピュータ学院情報工学科卒
  • 87年独立後公的機関を通じてお金をかけない企業情報化実践指導を開始
  • この間通産省中小企業近代化審議会専門委員など歴任
  • 企業だけではなく地域情報化国レベルでの情報化を考えるに至る
  • 健全な情報化社会の実践に向け特定非営利活動法人 情報化ユートピア非営利活動団体情報化ユニオンの99年5月設立を目指している情報化実践指導人

上記の肩書経歴等はアキューム9号発刊当時のものです