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Accumu Vol.2

ボイジャー2号の見た海王星

京都大学花山天文台研究員 岩崎 恭輔

図1
図1 青色に輝く海王星。中央左の暗い模様が大暗斑。
中央下の小さい暗い模様が小暗斑である。
これらの間にある白雲は他の雲より速く動くので,
「スクーター」と呼ばれている。(NASA/JPL)

1977年8月20日に打ち上げられたボイジャー2号は,1979年に木星,1981年に土星,1986年に天王星に接近し,1989年8月25日に最後の訪問地である海王星に接近した。ボイジャー2号は平均速度19km/sで12年間飛び続け海王星に達し,1989年の6月から10月までの期間,ほぼ連続的に海王星を観測した。海王星は太陽から約45億km離れた所を165年の周期でまわっている。したがって,1846年に発見されてからまだ1周していないことになる。赤道半径は49528kmで,木星型惑星のなかでは一番小さい。しかし,その体積は地球の約60倍にもなる。海王星は木星型惑星のなかでは密度が最も大きく,水の1・64倍である。

海王星の大気

図2
図2 北緯29°に見られる細長い巻雲タイプの白雲。
画面左下からの太陽光線によって下層雲の上に影ができている。(NASA/JPL)

ボイジャーの撮った海王星の画像で最も目についた点は,その青い色である(図1)。これは大気中のメタンが,太陽光のなかの赤い色を吸収するためである。海王星は木星の3%の太陽エネルギーしか受けていないにもかかわらず,活動的な大気を持つ惑星である。「大暗斑」と名付けられた暗い模様は地球が入ってしまうくらい大きく,18.3時間で1周している。大暗斑は木星の大赤斑と同じように高気圧的な回転(南半球で反時計方向)をしており,16日で1回転している。また,海王星に対する大きさや南緯22°にある点で,大暗斑は大赤斑とよく似ているが,大赤斑にくらべて,大きさや形の変化がはるかに激しい。大暗斑の南と北東の境界にある,巻雲に似た小さな白雲は,地球の山の上にできる地形雲に似ている。大暗斑によって生じた温度や気圧の変化が,山の役割をはたしているのではないかと考えられている。南緯42°には,不規則な形をした白雲があり,東の方向に大暗斑よりはるかに速くまわっており,約16時間で1周している。この「スクーター」と名付けられた白雲は,巻雲タイプの雲より深い所にあり,下層雲から上昇してくる雲の柱ではないかと考えられている。2番目に大きな暗い模様,いわゆる「D2」は大黒斑のはるか南の南緯55°にある。アーモンドのような形をしており,中心には白雲が見られ,東向きに約16時間でまわっている。北半球の低緯度(北緯27°)で,ボイジャーは細長い巻雲タイプの雲がその影を下の雲に写している画像を得た(図2)。画像が撮られた時の太陽の入射高度から,細長い雲は下層雲から約100kmの高さにあると見積もられている。この細長い雲の幅は50-200kmで,影の幅は30-50kmであった。細長い雲は南極近く(南緯71°)にも見られ,ここでは雲の高さは約50kmであった。ほとんどの白雲は,メタンの氷でできていると考えられている。

地上観測からは上層の雲の動きしか観測できないので,雲の下にある海王星本体の自転周期はわからない。海王星本体の自転周期を決める最も良い方法は,海王星内部の磁場によって生じる電波のバーストの周期を測定することである。ボイジャーの電波観測装置は,電波の短いバーストが16時間7分毎に繰り返されるのを観測し,海王星内部の自転周期が16時間7分であることを明らかにした。金星,木星,土星,太陽では,赤道付近の大気は内部や高緯度の大気よりも速く自転している。しかし,ボイジャーの測定した海王星の赤道付近の雲は,内部や高緯度の雲よりも遅く自転していた。これは天王星や地球の場合とよく似ており,赤道付近では自転方向と反対の西向きの風が吹いていることになる。大暗斑近くでは300m/sの風が吹いており,海王星は土星と同様,最も風速の速い惑星のうちのひとつである。ボイジャーはまた海王星の大気から放射される熱を測定した。天王星の場合と同じように雲の上の大気は赤道近くで暖かく,現在太陽が真上にある中緯度で冷たくなり,南極で再び暖かくなっていた。これは一見奇妙に思えるが,天王星と同じことが起こっていると考えられている。すなわち,中緯度で太陽によって暖められた大気ガスは膨張し,より高い高度まで上昇し冷やされる。その後ガスは南極と赤道に向かって移動し,そこで下降し圧縮されて暖められるのである。

海王星の磁場

図3
図3 110万kmの距離から逆光で撮った海王星の環。
外側の主環には3つの明るい部分的な環が見られる。(NASA/JPL)

磁気軸の自転輪に対する傾きは地球で12°,木星で11°,土星ではほとんどゼロである。しかし,1986年1月に天王星に接近したボイジャー2号は,天王星の磁気軸が自転輪に対して59°も傾いているのを明らかにした。そこで,この大きな傾きの原因は天王星の自転輪の異常な傾き(98°)と関係があるのではないかと考えられた。ところが,今回のボイジャーの観測によれば,海王星の磁気軸も自転輪に対して47°も傾いていた。海王星は自転軸があまり傾いていない(29°)ので,現在ではこの磁気軸の異常な傾きの原因は,天王星や海王星の内部の対流によるのではないかと見られている。また,海王星の磁気軸は海王星の中心から半径の0.55倍(約13500km)もずれていた。したがって,海王星内部で磁場が生じている領域は地球,木星,土星と違って表面に近いところにあると考えられている。そのため表面での磁場の強さは半球によって大きく違っている。南半球では最大の1ガウス以上もあり,北半球では最小の0.1ガウス以下になる(地球の赤道での磁場の強さは0.32ガウスである)。海王星の磁場の極性は木星や土星と同じで,磁北極が北半球にあり,地球とは逆になっている。

海王星をとりまく環

図4
図4 28万kmの距離から逆光で撮った海王星の環。
外側から主環,内部環,内側拡散環が見えている。
内部環の外側にはプラトー環が薄く見えている。
左と右の画像は87分の時間間隔をへだてて撮られており,
主環内で3つの明るい部分環はちょうどカメラの視野
の外にいたので写っていない。(NASA/JPL)

1980年代に行われた地上からの恒星の掩蔽観測から,海王星の環は完全に1周していなくて,部分的な「円弧環」であると考えられていた。最初ボイジャーが接近して撮った画像には円弧環のように見える3つの明るい部分的な環が写っていた(図3)。しかし,さらに接近して撮った画像をコンピュータで画像処理したところ,明るい環のとぎれた所にも薄い環が見つかり,環は部分的なものではなくて,完全に1周していることがわかった(図4)。一番外側にある1989N1Rと呼ばれている主環は海王星の雲の上38100kmのところをまわっている。主環のなかには粒子が密集して特に明るく見える所が3ヵ所あるので,この場所が地上観測で円弧環として観測されたのではないかと考えられている。1989N2Rと呼ばれている内部環は雲の上約28400kmの所をまわっている。内側拡散環(1989N3R)は雲の上約17100kmから雲の所まで広がっていると考えられている。1989N4Rと呼ばれているプラトー環は,内部環のすぐ外側にあり,煙の粒子のような細かい物質がシート状に広くひろがっている。環を構成している粒子の大きさは天王星の環の粒子にくらべて小さいようである。

海王星の小衛星

図5
図5 新しく発見された衛星のなかで最も大きい1989N1衛星。
直径は約400kmで,一面クレーターにおおわれている。(NASA/JPL)

すでに知られているトリトンとネレイドに加えて,ボイジャーは6個の衛星を発見した。トリトンやネレイドの軌道面は海王星の赤道面からかなりずれているが,新たに発見された衛星はすべて海王星の赤道面近くを海王星の自転と同じ方向に公転している。IAU(国際天文連合)によって,正式な名前はまだ付けられていないが,仮の名前が付けられており,発見の年,惑星の名前,発見の順番で呼ばれている。例えば,1989N1は1989年に海王星(Neptune)で最初に発見された衛星である。新たに発見された衛星のなかで1番大きい1989N1は直径が約400kmもあり,ネレイドよりも大きい(図5)。海王星に近すぎたため,海王星の輝きに隠されて今まで発見されなかったのであろう。1989N1は新しく発見された他の5個の衛星と同様,太陽系の天体のなかで最も黒いもののひとつである。反射率は6%しかなく,「スス」と同じくらい黒いと言っても過言ではない。新衛星はいずれも一面クレータにおおわれており,直径は50kmから200km,球形ではなく不規則な形をしている。直径400km以下の天体は自分自身の重力で球形になることが出来ないので,このような形をしているのであろう。

衛星トリトンと氷の火山

図6
図6 トリトンの北半球に見られるカルデラに似た水の氷の「湖」。
直径は約200km。(NASA/JPL)

海王星の8個の衛星のなかで一番大きいトリトンは,ボイジャーが今までに観測した他の氷衛星とはかなり違っていた。月の約3/4の大きさを持つトリトンは,海王星の雲の土から33万kmのところを5.875日の周期でまわっており。公転の方向は海王星の自転方向とは逆である。トリトンの直径は約2705kmで,平均密度は2.066g/cm3である。したがって,トリトンの内部は土星や天王星の氷衛星よりも岩石の割合が多いと考えられている。

平均密度が比較的大きいことや逆行していることから,トリトンは海王星の近くで生まれたのではなく,捕獲された天体ではないかと考えられている。もしそうなら,トリトンは捕らえられた最初のころ楕円軌道をまわっていたはずで,捕獲後約1千万年は潮汐力による熱で溶かされていたと考えられる。トリトンの表面にクレータがほとんど見られないのは,このようにして表面が溶かされて古い地形が失われたためであると見られている。

図7
図7 図6の画像の各場所の高さをもとにコンピュータ処理して,
北東の斜め上空から見たようにした鳥瞰画像。
地形を見やすくするために,高さ方向に20倍拡大されている。(NASA/JPL)

水の氷は0℃で凍るが,地球上では岩石よりもずっと簡単に砕くことができる。しかし,太陽から45億kmも離れたトリトンのような極低温の世界では水の氷は岩石と同じくらい堅くなる。一方,窒素やメタンの氷は比較的柔らかいので,それら自身の重さを支えることは出来ない。したがって,トリトンの表面に見られる地質的な地形のほとんどは水の氷でできていると考えられている。南緯15°より南の地域では,水の氷の上を季節的な窒素やメタンの氷がおおっており,これらはピンクがかった色をしている。赤道付近は新鮮な窒素の霜からなる薄い層がおおっており,ブルーがかって見えている。北半球の表面には色々なタイプの地形が見られる。西側の半球にはカンタロープメロンの皮によく似た地形が見られる。東側の半球ははるかに平坦で,カルデラに似た水の氷の「湖」が見られる(図6,図7)。水または水とアンモニアの「溶岩」が地下から湧き出てきて表面をおおい,その後凍ったために表面が平坦になったのではないかと見られている。ボイジャーの海王星での最大の発見のひとつは,トリトンの氷の火山の発見である。ボイジャーの画像は,氷の火山の噴気口から黒いダスト粒子を含んだ窒素ガスが,間欠泉のように8kmの高さまで吹き上げられ,それらが風下に150kmにわたって流されている様子を示していた(図8)。窒素やメタンの氷の下に閉じ込められた液体窒素が,「明るい」夏の太陽で暖められ急激に蒸発し,ガスとなって噴出しているのではないかと考えられている。ボイジャーの測定によるとトリトンの大気は非常に薄く,表面気圧は約15μbarで,地球大気の7万分の1である。大気の主成分は窒素で,0.01%のメタンを含んでいる。トリトンの表面温度は約38°Kで,これは今までに観測された太陽系の天体の表面温度のなかで最も低い値である。

図8
図8 トリトンで発見された氷の火山の噴煙。
中央と下の画像には噴気口と噴出された噴煙の頂上及び
風に流された噴煙の雲とその影が示されている。(NASA/JPL)

ボイジャー2号は現在太陽風の荷電粒子や太陽系の磁場を観測し続けており,太陽風と星同風の境界であるヘリオポーズを2012年に通過する予定である。2015年あたりになると,ボイジャーに積まれた原子力電池の能力が落ちてデータを送信出来なくなると見られている。その後,28635年には太陽系の端にあると言われているオールトの雲(彗星の巣)を通過し,296036年にはシリウスから4.32光年の所を通過する予定である。

ボイジャー2号(NASA/JPL)
ボイジャー2号(NASA/JPL)
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岩崎 恭輔
Kyousuke Iwasaki
  • 京都大学理学研究科修了・理学博士/惑星物理学専攻
  • 現在京都大学花山天文台研究員,神戸商船大学・滋賀大学・京都学園大学・京都コンピュータ学院講師
  • 著書「惑星II」他

上記の肩書・経歴等はアキューム2号発刊当時のものです。