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Accumu Vol.1

火星の白雲の振舞い

斉藤 良一

飛騨天文台65cm屈折望遠鏡により,青色光で撮影された火星のオリンパス雲。
飛騨天文台65cm屈折望遠鏡により青色光で撮影された火星のオリンパス雲
1982年4月11日UT12時45分(オリンパス地方火星時11時56分)中央の白点がオリンパス雲
1982年4月8日UT14時49分(オリンパス地方火星時15時52分)左縁の白点がオリンパス雲
 南が上北極冠が下方に見えている
提供 京都大学理学部飛騨天文台

火星の大気はたいへん薄いのであるが白雲ダスト雲がしばしば発生し雲の活動ははなはだ活発であるダスト雲はすなわち火星の砂嵐であり古くから黄雲と呼ばれて親しまれている大きなものとしては1956年8月に発生して火星の南半球をおおったものや1971年9月に発生して火星全球に拡がったもの探査機バイキング号によって捕えられた1977年のものなどが有名である特に1971年の黄雲は火星観測史上最大のものと言われちょうど火星に到着した探査機マリナー9号は当初ダストの雲海から突き出したオリンパス山とタルシス地方の三つの山の頂部を見ることができるだけであったこれに較べると白雲や霧は振舞いが穏やかで火星の季節や昼夜のサイクルに応じて出現する地上からの観測では白雲や霧は青色光で撮られた写真に明るく写ってくる火星の特徴とも言える地表の明暗模様はもっと波長の長い赤色光の方で場所による反射能の違いが大きいことに起因している青色光では場所による反射能の差はほとんど無いので地表の模様は通常はまず現れない秋分から春分までの冬期に極地をおおう霧は極霧と呼ばれる極霧はにぶい青灰色の雲でこの下で春分以降に明るく輝いて見えてくる火星の極冠が形成されていく極霧は北極地方に形成されるものの方が南極地方のものより発達すると見られている赤道から中緯度までの火星の縁や明暗境界線付近にはぼんやり拡がった霧すなわち朝霧夕霧が見られるこの霧は火星面上の特定の位置に結びついたものではないようであるこれに対して火星面上の位置すなわち特定の地域に固定したはっきりした白雲もしばしば観察されるこのはっきりした白雲の名所はエリシウム地方(北緯25°西経210°付近)タルシス高地(赤道上の西経110°付近を中心とする広大な地域)オリンパス山(北緯18°西経133°)であるエリシウム地方にはエリシウム山タルシス高地には3つの大火山がありオリンパス山はもちろん標高26kmもある大火山であるから白雲は地形性の雲であるといえるタルシス-オリンパスの白雲はよく発達したときには個々の雲がつながってW字型に見えることもある白雲は大きな地形にそって空気が上昇して冷やされるときに空中の水蒸気が凍ってできる雲であると見られており地球の雲にたいへんよく似たものと言える北半球の春から秋にかけて発生し特に夏の初めには非常によく現れるまた白雲は日変化を示すことも知られている地上から観測すると雲は火星の昼近くに見えるようになり午後の間中縁に近づくにつれだんだん明るくなっていく火星大気中の水蒸気量は平均して14ミクロン可降水量であるがマリナー9号によるタルシス地方の白雲の赤外スペクトル観測によると雲をつくっている氷は可降水量で0.5ミクロンほどの微量であったまた雲の光学的な厚さは0.4程度と見積られたこれは雲により光がe-0.4に減衰することを表している白雲の中で少し変わっているのは南半球の中緯度にある大盆地ヘラスにかかるものであるヘラス雲はオリンパス山などの白雲と異なり1日中明るさも変わらずに見えている出現する時期はオリンパス雲などと同じであるが半球が異なるので冬季の雲ということになる

図1
オリンパス雲の相対強度(RⅠ)と光学的厚さ(CT)の時間変化
横軸は火星地方時(MLT)
図2
雲の相対強度(RⅠ)の光学的厚さ(CT)への変換
横軸は反射光の流れの番号(DS)すなわち出射角

1982年3月と4月に京都大学飛騨天文台で撮影された火星写真にオリンパス雲がよく写っている雲は中心波長0.4ミクロンの青色光で撮られたイメージに最もよく現れ火星の昼前から見えはじめて夕方に縁に達するまでどんどん明るくなるという典型的な日変化を観測された6日について繰り返したこのときの火星での季節はちょうど初夏にあたっていた雲の中心はオリンパス山の山頂から北西に220kmほど離れたところ(北緯20°西経137°)にあり大きさは火星面上でおよそ5×105km2であったわれわれは青色光で撮られた良質のイメージについてオリンパス雲と雲の外側の基準点のネガ上での濃度を測りこれらを輝度に引き直した結果は図1Aで横軸に火星地方時縦軸にオリンパス雲の基準点に対する相対強度をとって6夜の観測をまとめて示してある相対強度は時間とともに増加していくがこれはそのまま雲の発達を意味するとは限らない雲の垂直方向の光学的厚さの変化が真の雲の発達と減衰を表すことになるしたがって雲による反射光の強度を計算する必要が出てくるこれは輻射輸達方程式を数値的に解くことによって行える雲は全体として平べったいものと考えてよいのでわれわれは反射底面をもつ平板な大気中の雲粒子等による多重散乱問題をDOM(discrete ordinate method)と呼ばれる方法で解いたDOMによると輻射輸達方程式は半解析的に精度よく解くことができるわれわれは輻射の方向を16個の流れに分けたしたがって16次行列の固有値問題を扱うことになるが値の小さな固有値のときに生じる数値計算上の不安定の対策が施してある雲は水の氷と見られるから球粒子を考えるミー散乱の場合や近年得られるようになった非球形氷晶の実験値の場合などの散乱特性を用いて計算を行った雲の他にも火星大気によるレーリー散乱つねに大気中に浮遊していると見られるダストによる散乱がとり入れられているここでも氷晶やダストのように強い前方散乱を示す粒子の散乱の位相関数の扱いに計算上の工夫がしてある雲粒子は6.2mbの炭酸ガス大気(光学的厚さ0.01)に光学的厚さ0.4のダストとともに一様に混じっているものとしたまた地表面は反射能0.06で等方散乱をすると見なした雲の光学的厚さをパラメータにして理論的な反射光強度の角度分布したがって相対強度分布が計算され観測と比較される図2は氷晶の実験の散乱特性を用いた場合の一例で図1Aの右から三つ目の観測データを処理している縦軸は相対強度横軸は外方へ向かう輻射の8個の流れで上に出射角(天頂角)に直したものも示してある実際の太陽光の入射角54.1°のもとでの反射光の相対強度が雲の光学的厚さ0から0.6まで0.1ステップで計算してあるから実際の反射光の出射角38.5°相対強度1.17の点(+印)に合う雲の光学的厚さは補間して0.25ということになるちなみにこの一例で計算時間は京都大学大型計算機センターのFACOM M783で3秒京都大学花山天文台のDEC VAX11/750で12分ほどである氷晶の実験からの散乱特性を用いた場合についてこのようにして得られたオリンパス雲の光学的厚さが図1Bに示されているここで縦軸は雲の光学的厚さであるオリンパス雲は昼前に見えはじめ次第に発達して午後2時頃に光学的厚さの最大値0.5に達しその後はだんだん減衰していくことがわかる雲が最も発達したときの氷の量は可降水量にして0.7ミクロンほどと見積られる

NASA提供
NASA提供

この雲の光学的厚さはマリナー9号の観測値0.4によく一致しているただしマリナー9号はタルシス高地のアスクレウス山にかかる雲とまわりの雲のない部分を同時に見込んで観測しているのでアスクレウス雲の厚さはもっと大きいと見られているアスクレウス山はタルシス地方の三つの山のうち最も北にありオリンパス山とは高さや緯度の条件がたいへん似通っているまたバイキング1号軌道船による赤外スペクトル観測ではオリンパス雲の光学的厚さが1かそれ以上であるらしいと報告されているわれわれの地上観測でもマリナー9号の観測に似た状況が考えられ得られた値は良好であると言える1982年の3月と4月に現れたオリンパス山の白雲はこの雲のたいへん出やすい時期の普通の発達度のものであったと見ることができる白雲の出現する時期や日変化の度合いが年によってどのように変わるかということが次に興味がもたれる点である現在のところ細かい年変化を議論するほど十分な観測データは集積されていないねばり強い地上観測解析法の進歩新たな直接探査など今後の研究に期待されるところが大きい

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斉藤 良一
Yoshikazu Saito
  • 京都大学理学研究科修了理学修士
  • 惑星物理学専攻
  • 現在京都大学花山天文台研究員龍谷大学京都コンピュータ学院講師

上記の肩書経歴等はアキューム1号発刊当時のものです