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Accumu Vol.6

システム創造のためのワープロ活用術

立命館大学理工学部情報学科教授 大西 淳

日本語ワープロの浸透

コンピュータは社会の様々な分野で活用されており,身近なところでは日頃使用しているビデオや炊飯器といった家電製品にも組み込まれ,我々は知らず知らずのうちにエンドユーザコンピューティングに慣らされている。コンピュータ製品として深く社会に浸透したものの一つにワープロが挙げられよう。(本稿での「ワープロ」は単にワードプロセサ専用機だけを指すのではなく,パソコンやワークステーション上で動作する文書処理システムまで含めたものを指す。筆者が日頃利用しているのは,日本語emacsというエディタと日本語LaTexという文書清書システムである。)最近では,筆者の周りでは論文原稿や資料は殆どワープロで作られるようになり,同一の清書システムが使われるとレイアウトまで類似したものとなってしまう。たまに手書き文書があると,書いた人の個性が現れて親しみを覚えたりする。

表1

さて,いつ頃から日本語ワープロによる原稿や資料の作成が増えてきたかを振り返ってみよう。わが国の計算機関連の学会の一つに情報処理学会がある。この学会では毎年全国大会を開催しているが,会員は2頁の論文原稿を用意することによって大会発表ができる仕組みになっている。この原稿はオフセット印刷によって大会講演論文集としてまとめられる。そこで,大会講演論文集におけるワープロ出力の割合を調べてみたところ表1のようになった。

この表は,1980年から1987年の情報処理学会全国大会講演論文集の101頁から200頁までに掲載された論文50件について,それが何で書かれたものであるかをまとめたものである。一九八一年までは殆どが手書き原稿であり,わずかにカナタイプや英文ワープロが使われていたが,1982年頃に日本語ワープロによる原稿が登場して5年間ほどで急速に普及していったことが分かる。

筆者自身の経験では,1982年春頃に京都大学情報処理教育センターに富士通のOASYSが入ったので使わせてもらった覚えがある。ディスプレイ,キーボード(勿論,親指シフト),ドットインパクト方式のプリンタの他に8インチのフロッピィディスク装置を備えており,現在のワークステーションよりも場所をとっていたが,当時はその使い勝手の良さや印字品質に感動したものである。また1983年春には,京都大学工学部情報工学科に富士ゼロックスのJ-Starが入った。関西では1番目か2番目に導入され,文字だけでなく図形や表もWYSWYGで編集できる画期的なシステムだった。仮想キーボードなど使い勝手もかなり洗練されたシステムであり,当時としては印字品質も極めて高精度であった。ただ残念なことに,応答時間が長く,また前触れもなく暴走したり,ダウンしたりすることがしばしばであった。(念のため補足するが,その後のJ-Starではこのような欠点は随分解消された。)

OASYSやJ-Starはワープロ専用機であり,J-Starは当時は学科内でも人気が高かったので,利用するにも予約の上,順番を待たなければいけなかった。1983年頃,当時筆者が所属していた京都大学工学部情報工学科情報システム工学講座に日本データゼネラル社のスーパーミニコンMV/6000が導入された。このスーパーミニコンには日本語ワープロ機能が備わっており,専用の日本語端末によって文書を作成したり,専用のドットインパクト方式のプリンタで印字できた。これによって学科レベルから研究室レベルまでワープロが浸透したが,専用端末が一台しかなく,上記の学会の論文原稿の作成などには利用されたが,すべての資料をこのワープロを使って作成するまでには至らなかった。

一方,同じ時期にパソコンが廉価になってきた。パソコン上で動作する端末エミュレータを研究室で開発することによって,スーパーミニコンの日本語処理をパソコンで行えるようになった。パソコンは研究室スタッフには一人一台の割合で導入されたので,これによって個人レベルでのワープロ利用ができるようになった。またパソコン上で日本語ワープロ機能を実現することによって,パソコンの日本語プリンタで出力ができるようになった。しかしながらスーパーミニコンやパソコンのプリンタは必ずしも高品位ではなく,日常の文書のワープロ化には至らなかった。

一九八五年頃にミニコンと400dpiのレーザビームプリンタとフォントから研究室手製のプリントサーバープログラムが作られて,非常に高品質の出力が得られるようになって,個人レベルのワープロによる文書作成・編集・印刷が盛んになった。

パソコンの廉価化と時期を同じくして,専用の日本語ワープロ機の廉価化も進み,急速に世の中に普及していった。現在では,研究室では論文はもちろん資料や手紙などほとんどがワークステーション上のワープロ機能を用いて作成されている。

ワープロと文書作成

ワープロの特長は一言で済ますと「文書編集・作成の支援」にあるが,奇麗な文字を印字してくれたり,仮名から漢字へ変換してくれる点もありがたい。もっともワープロばかり使っていると,手書きの文字が汚くなったり,漢字は読めても書けなくなったりする。

卒業研究報告書や修士研究論文も当然ワープロで作成される。正月明けには学生諸君の書いた日本語(場合によっては英語)論文を添削しなければならないが,漢字変換ミス,文の途中で主語が入れ替わる,論旨が不明,論理が途中で飛んでしまう,説明が不足で意味不明といった問題点が随所に見受けられ,校正には相当の苦業を強いられる。手書きからワープロになって,大きく変わったのは,大胆に添削できる点である。ワープロでは,文章の削除・挿入といった小さな変更から,章の構成変えのような大きな変更まで簡単にできる。章番号や図表の番号もそれらを参照している箇所も含めて自動的に付け直してくれるので,自在に添削ができる。

従って文章も最初から構成や筋立てを練らなくてもよく,思い付いたところや書きやすいところから始めて,徐々に完成させていけば良い。また表現や言い回しも後でいくらでも改善できるから,最初は適当に書き散らしても構わない。このようにワープロを使うようになって,文章の作成方法を大きく変えることができる。

システム分析とワープロ

ワープロの特性を活かしてシステムの分析を効率よく行う話を紹介しよう。システムはラテン語のSU-STEMAを語源としている。SU-STEMAの意味は「同時に同次元に調和させて,ものを置く,またはある実体が存在する」ことである[1]。システムは「いくつかの要素(機械,部品,情報,人間,道具など)から構成され,ある目的を行うために,それらの要素が一定の法則で組合わさったもの」であり,具体的な形をとるとは限らず,社会やイベントまで含んだ幅広いものを指す。システムの反対語はchaos(混沌)である。

従って,システムと一口に言っても,世の中には様々なものがある。身近なものでは,少し古くなるが昨年二月に開催された冬季オリンピックも一つのシステムである。もっと小規模なもの,例えば個人の就職や旅行やコンパなどもイベント型のシステムであるし,逆にもっと大規模なシステムとしては銀行のオンラインシステムやコンビニのPOS端末による商品管理システムなどが挙げられよう。このように個人のイベントから企業レベルのシステム,国家プロジェクト,世界的なプロジェクトに至るまで様々な規模の多様な形態のシステムが存在する。

これらのシステムを上手に開発するための最も大事なポイントは,開発の初期段階である要求定義(requirements definition)を正しく行うことである。

要求定義では,

 1,システムにかかわる人間からの問題(problem)やニーズを収集し,

 2,それらを分析して解決すべき開題を明らかにし,

 3,問題を解決する方法を見つけ,

 4,その結果を要件仕様(requirements specification)としてまとめる,

といった作業が行われる。問題の設定では,一般に対象や問題点が明確でないので,それを明確にした上で,実現すべき目標を時間や費用,技術レベルを考えて,効果のありそうなところに問題を設定しなければならない。

問題設定や解決方法の創案を支援する技法として,創造工学,ブレーン・ストーミング(brainstorming),5W1H,水平思考,KJ法などがある[3]が,中でもKJ法はそれを支援する計算機ルールがいくつか開発されている。

KJ法[2]は川喜田二郎氏考案による発想法である。特別な道具や知識は不要。1人でも4~5人のグループでも簡単に実行できる。要求定義はもちろん一般の問題解決に有用である。その手順を簡単に紹介すると,

 1,グループで行う場合,何故このメンバーが集まったのか,何をやろうとしているのかを明確にする。参加者に目的意識を徹底させる。

 2,情報をできるだけ広く集める。集めた情報には簡単なキーワードを付ける。参加者の自由討論から情報を引き出す場合はブレーンーストーミング法などを用いる。

 3,情報は一つごとに一枚のカードに記入し,見出しを付ける。

 4,カードを机の上に広げたり,壁に貼ったりして全体が見渡せるようにし,親近性のあるカード同士をまとめて小グループにする。

 5,小グループに名前を付ける。

 6,四と五の操作を繰り返す。これによって小グループ,中グループ,そして大グループが出来上がる。ただしグループ化しにくいものはそのまま残しておく。

 7,グループ間の類似・対立・従属・因果・相補などを図的に表せるようカードを再配置する。

 8,結果をまとめる。

のようになる。この中でカードの代わりに情報を行や段落の形式でワープ口上で表現することによって,「カードを壁に貼ってあちこち移動させながらグループ化する作業」を,ワープロの編集機能によって実現できるようになる。壁に貼ったカードや机に並べたカードの整理分類に比べると,ワープロでは,行や段落単位の編集操作が中心となるが,親近性のある情報のグループ化は十分であり,KJ法に基づいたエディタが手元にない場合には,ワープロを活用すれば良い。ブレーン・ストーミングなどで得られた会話をワープロで記録し,あとでまとめるのも容易に実現できる。

また同様にして,会議録もきわめて短時間で作れてしまう。会議では様々な意見が出される。場合によっては前に議論した事柄が蒸し返されたり,突然話題が切り替わったりする。発言されたひとつひとつの意見の要約を行単位でワープロに入力しておき,会議後に関連した話題ごとにまとめなおすことによって,会議録が出来上がる。

おわりに

日本語ワープロが普及してきた足跡と,身近なものとなったワープロを使って,文書を作成するスタイルが変わってきたこと,さらにワープロを使った問題解決支援について紹介した。私事になるが,筆者の転勤に伴い,一時ワークステーションやワープロ環境が使えなくなった時期があった。今さら手書きには戻れなく,ワープロ,文書清書システム,レーザプリンタの有り難さを痛感している。ハードウェアやソフトウェア技術の進展によって,また新たな,より優れた文書作成環境の登場を心待ちにしている。

(参考文献)

[1]情報処理学会編:情報処理ハンドブック第一四編 システム論,オーム社,1989

[2]川喜田二郎:発想法 創造性開発のために, 中央公論社,1967

[3]寺野寿郎:システムエ学入門-あいまい問題への挑戦- 共立出版,1985

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Atsushi Onishi
  • 立命館大学理工学部情報学科教授

上記の肩書・経歴等はアキューム6号発刊当時のものです。