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Accumu Vol.3

考古学における土器文様とコンピュータ

前東京大学文学部教授 大正大学教授・文学博士

上野 佳也

はじめに

考古学におけるコンピュータ利用の可能性については,1960年代後半からごく少数の人が気が付き始めていたが,70年代後半に入ってからその利用の問題が現実に考えられるようになってきた。

もともと考古学においては,60年代に入ってから,日本経済の高度成長に伴う資料の爆発的増加によって,従来のような方法では資料全体の処理ができなくなり,何らかの量的処理の方法が必要であると考えられていた。考古学は物に基づく歴史学であるから,資料を質だけではなく量の面からも考察していこうとしたのは当然の流れであった。その多くは簡単な統計処理であったが,土器片の各型式のパーセンテージを調べ,データを比較考察するというようなことが行われていた。しかし当時の考古学者は,本来,質を解明していくべき歴史資料を,量的に処理するということにかなりの抵抗感があったため,量的処理を新しい方法論として受容することには消極的であった。

それでも,考古学資料の激増と他の分野におけるコンピュータ利用の成果が上がってくるにつれ,70年代後半に入ってから考古学でもコンピュータの利用という問題が考えられるようになってきたのである。

そして20年ほど経ち,測量データの処理などにあっては,帝塚山考古学研究所のように優れた成果をあげてきたが,土器文様に関しては,コンピュータの利用によって画期的な成果が得られたという例はきわめて少ないと言ってもよい。そこでこれまでの経過をふまえて,まず考古学資料のデータベースの問題について若干触れた後,土器文様の研究へのコンピュータ利用の今後の展望について考えていきたい。

考古学資料のデータベース

考古学資料のデータベース化は,現在いくつかの研究機関・研究者によって進められているが,これには文献のデータベースと遺跡・遺物のデータベースがある。まず文献について言うと,先述のように発掘資料の激増が続いているが,その情報の大部分は発掘報告書という形でもたらされている。これは一般の場合,発掘調査にあたって予算化されている報告書であるから,今後開発の続く限り増加し続ける性格のものである。

一方考古学者は研究上それらを全国的に把握しなければならないが,特に市町村単位で刊行されている報告書をすべて入手することは不可能に近い。奈良国立文化財研究所などではその把握に努めているが,データの増加は止むことはないから,いかなる機関でもこれで完成ということはない。

次に遺跡・遺物のデータベースについて言うと,これには直接,物から情報を読み取る場合と発掘報告書の内容から読み取る場合がある。

資料の性格からいって,遺跡は報告書からデータを読み取るが,遺物は直接遺物自体から読み取る場合と報告書から読み取る場合がある。もちろん遺物自体から読み取る方が正確な情報を得ることができる。ただその際,一貫した基準で読み取らねばならないことは言うまでもない。しかし報告書から読み取る方法も,地域的に広く情報を得ることができるから軽視することはできない。

しかし問題は,これらのデータから何を考えていくかということである。土器についてその可能性を考えていこう。

土器のデータベースから何が考えられるか

まず,われわれは土器片の分析を行う時,文様,器形,胎土等を観察しながら行い,それが何式であるかを判断する。

このプロセスを認知という面から考えれば,人間という情報処理機構が,それまでの経験で内部に土器型式のデータベースとそれに基づく一定のスキーマを作っていて,それに新しく入ってきた情報を照合して判断するということである。それでも判断できない場合は研究者同士で情報を交換し合う。これは情報処理機構同士をつないでネットワークを作ることである。したがって,その土器片が何式であるかという判断は,人間という高度のコンピュータが判断しているということになる。

そこで将来,土器型式のデータベースを作って,その型式判別作業をコンピュータにまかせたらどうかという考えが出てくるが,ここにも問題がないわけではない。というのは人間が土器を判別すれば,そこに含まれている諸徴標の他に,もし注目すべき特徴があればそれを摘出し,新たな問題を追跡していくことができるからである。しかしコンピュータでそれを行うことはきわめて困難である。

しかしそれにもかかわらず,コンピュータによって考古学が飛躍的に発達するであろうことは,疑うべくもない。それは大量の出土資料の情報をきわめて短時間でとらえ,整理できるということであるが,さらにその成果を用いて,コンピュータなしではできない研究がいくつも考えられる。

例えば膨大な数の破片から土器個体数を高い精度で推定することは,人間の認知能力ではとても無理であり,コンピュータの力を借りなければ不可能であろう。

次に考えられることは資料間における「関係の把握」である。そこで数量的処理を行わなければ,関係の記述は単なる散文になってしまう。教養書なら問題はないが論文としては不適当である。

考古学は広い意味での歴史学であるから,まず諸事象や,諸事象の関係を時間と空間の中でとらえなければいけない。そのために考古学者たちは土器文様の変化に基づいて,全国的に土器型式の編年網を作り上げてきたのである。そしてA式土器は次の段階にはB式土器に変化したとか,C式土器は,A式土器の影響を受けて成立したというようなことが明らかになってきた。

それでは,その時間軸とは何かというと,まず層位と形式に基づいて成立している。これは地質学から援用した方法論で,安定した層位なら上から出土した物は新しく,下から出土した物は古いという理屈であり,それに形式の変化を組み合わせたものである。さらにそれにマクロには14Cの年代測定による結果も加えられる。この14Cの年代測定結果にはいろいろの意見もあり,今日では絶対年代という表現は避けて,14Cによればというように使われている。しかしこの測定年代にはプラス・マイナスの幅があり,そのため細かい時間の前後関係の把握が難しく,現実には編年の基本は,層位・形式の関係の情報を人間というコンピュータが処理して時間軸を組み立て,現在の編年網を作り上げているのである。

そこで,土器文様のこのような時間・空間の中で展開された複雑な関係を,多変量解析等によって明らかにしていくことがまず必要であるが,それを単なる結果の説明に終わらせることなく,考古学者がさらに発展させていくには新しい視点が必要である。

新しい視点に立てば

そこで新しい視点に立てば,次のような展開が考えられる。

例えば,A式土器がA地点にあり,その変容型AがB地点にもあるとする。その場合現在の考古学では,A地点のA式土器からB地点への情報伝播のルートについては,それが直列であるか並列であるかというようなことは考えに入れていない。大体直列的に考えているといってよい。しかし,直列の伝播と並列の伝播では,情報処理という視点からみて大きな差があることはいうまでもない。土器文様の複雑な変化には,伝播の直列・並列の問題があると考えられるので,これなども,コンピュータによる資料の大量処理によって,細かい変化の過程を明らかにし,それに加えて,文様というものがどのような時にどのような変化をするかという,これもコンピュータを使った認知科学の成果をあてはめて考えていくことができよう。その時に高度の画像処理が必要になる。

図1 土器型式の情報の流れ
図1 土器型式の情報の流れ

次に筆者は,かつて図1のような情報の流れ図を発表し,A集団からB集団へ人が土器を持って移動したとき起こり得る土器文様の情報伝播のモデルを提唱した(『縄文コミュニケーション』 海鳴社 1986)。これは,A集団から人cが土器を持ってB集団に入った時,B集団の人と情報を交換しながら出身集団A式土器の他,転入先のB式土器,それにA・B融合型式土器,さらには新種の土器などが作られていく過程を示している。しかし,そのままさらにB,C,D,E,…というようにいくつもの集団を情報が流れていけば,土器型式は指数関数的に増えてしまう筈であるのに,実際には一遺跡での伴出型式はそれほど多くないということは,そこに何らかの抑制情報があってその発現を抑制しているのではないかという仮説を述べたことがある(「縄文時代の情報ネットワーク」『現代思想』  青土社 1990)。

ではその発現抑制情報とは何かということになるが,これもおそらく大量の資料と,資料間の複雑な関係をコンピュータで処理することによって解明が可能となってくるであろう。その時に社会心理学や知覚心理の研究成果が援用されることになるが,それらもまたコンピュータによって処理されたデータである可能性が強い。

図2 縄文時代中期土器(東京都国分寺市出土 東京大学文学部)
図2 縄文時代中期土器
(東京都国分寺市出土 東京大学文学部)

次に図2は,東京都国分寺市出土の縄文時代中期の土器であるが,このように民俗性豊かな具象的な動物文様も,コンピュータによる土器片の大量処理によって分布の重心を探せば,この文様にかかわる祭祀的中心が明らかになってくる可能性がある。

また土器文様と言語の関係も重要である。土器型式圏は方言圏であろうということが考古学で安易に言われているが,これなども土器文様のもつデジタル情報とアナログ情報の分布の解明から明らかにしていくことができよう。心理学者藤永保氏がかつて,言語は比較的デジタル型の情報処理に奉仕する記号で,イメージはアナログ型の記号としての特質が著しいのではないかと言っている(「言語と思考」 『講座心理学 8』 東京大学出版会 1970)。これは個人についての考えであるが,この考えを社会に敷衍(ふえん)すれば,デジタル型文様の分布の境目で言語または方言の境目を推定することも可能になる。この問題も大量の土器片をコンピュータ処理することによって,本格的な研究を進めることができるようになるであろう。

以上,考古学における新しい視点に立ったコンピュータ利用の問題について若干触れてみた。

おわりに

このように考古学におけるコンピュータの利用は,データベースの問題を越えてさらに発展する多くの可能性を持っている。確かにこれまでにも土器片や遺跡についての多変量解析等が行われているが,現状ではほとんどが結果の説明にとどまっている。

なぜそのようになっているのかというと,画像処理の問題もあるが,これまでの研究では考古学資料とコンピュータの間に「人間」が考えられていないからである。

考古学とは遺跡・遺物に基づく歴史学で,文献の有無に係わらないわけであるから,人間の行動の痕跡から考えていく「人間史」であると言える。

この関係は次のように考えられる。

考古学資料の分析

  ↓

人間行動学的考察

  ↓

コンピュータによる処理

  ↓

人間行動学的考察

  ↓

人間史

つまり考古学資料の分析とコンピュータ処理との間には,人間行動学的考察が不可欠であり,これは次の段階のコンピュータ処理による結果の考察においても同様である。しかもやっかいなことに人間行動は非線形的である。

実はここで本当の学際的視点が研究者に要求されるのである。学際的研究と称しても,実際はデータの交換行動に過ぎないような研究では新しい進展は望むべくもない。

サイバネティックスの創始者の一人であるA・ローゼンブリュートが日頃,「科学の世界におけるこれらの空白地帯の探究は,一つの部門の専門家でありながら同時に隣の部門にも透徹した理解のある科学者たちのチームによってはじめて成功する」(N・ウィーナー『サイバネティックス 第2版』 池原止戈夫・彌永昌吉他訳 岩波書店 1962)と述べていたと言われているように,考古学におけるコンピュータ利用を実りあるものとするためには,考古学者側にもそれなりの厳しい心構えと,他の学問についての豊富な知識と鋭い理解力が必要である。

これは一見きわめて困難そうに見えるが,情報科学の出現から今日まで経てきた道程や,遺伝学におけるDNAの暗号解読の苦労などに比べればはるかに容易である。

以上,はなはだ簡単であるが,考古学における土器文様へのコンピュータ利用の問題について,少し考えてみた。

この著者の他の記事を読む
上野 佳也
Yoshiya Ueno
  • 前東京大学文学部教授
  • 大正大学教授
  • 文学博士
  • 著書『こころの考古学』『縄文コミュニケーション』(海鳴社)
  • 『日本先史時代の精神文化』(学生社)

上記の肩書・経歴等はアキューム3号発刊当時のものです。