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Accumu Vol.6

卒業生紹介 情報化時代の啓蒙家

中村 州男

中村 州男氏

学院卒業生が日経BPから本を出した。タイトルは「草の根 企業情報戦略」。この本を執筆したのは,79年洛北校情報工学科卒業の中村州男氏だ。現在中村氏は,主に大阪と京都で活動する中小企業診断士(情報部門)である。週1回は学院でシステム設計の授業を行い,後輩の指導にも当たっている。今回は,この中村氏に普段の活動のこと,出版のことについて話を聞いた。



大阪日本橋のJ&Pテクノランド5階に『中村州男の中小企業相談コーナー』がある。中村氏は,毎週土曜日ここで,企業からの情報化に関する相談に応じている。

「だれもが満足納得できる情報化の助言指導を行おう,ということを目的に,システムコンサルタントとして,87年から活動を始めました。初めのうちは公的機関の指導員と民間のコンサルタントの両方の活動をしていたんですが,今はもう民間活動はしていません。ここは,財団法人大阪中小企業情報センターの出張所のようなもので,私は公的機関の指導員としてここに座っているんです」という。

中村氏が民間活動をしなくなったのには理由がある。「公的機関の指導員としても,民間のコンサルタントとしても活動していると,同じ指導内容なのに,料金をもらわない時ともらう時とがあるわけですよ。公的機関では無料相談を行っているわけですから,私がそこの指導員として指導した時には,料金をもらうことはないわけですからね。こうしたことに一時期悩みましてね。だって片や無料,片や1日10万円なんてこともあるわけなんですよ。何か納得しがたいものがありましてね」。中村氏は,このことをあれこれ真剣に考えているうちに,体を壊して入院してしまったという。「まあ,(体を壊したのは)それだけが原因ではなかったんだろうと思いますが,とにかく,お金は公的機関からもらい無料で指導しよう,という方針に変更したんです」。

今,中村氏はもっぱら,公的機関をもっと有効に機能させ,中小企業の情報化に役立てようと力を尽くしている。企業の情報化といえば,なくてはならないのが人材とノウハウだ。しかし,これらは容易に手に入れられるものではない(特に中小企業にとっては)。したがって情報化に関して,中小企業がノウハウや人材などの面で援助を受けたり,情報交換したりすることができるような環境作りを進めることは,非常に有意義である。こうした考えから,「無料で,情報化の指導や助言が得られるサロン的な場を作ろうと『情報化ユートピア構想』というものを描いて」中村氏は加わってきている。日々いろいろな働きかけを,草の根レベルで展開しているのだ。

その一環に「戦略パソコン塾」がある。この塾は財団法人大阪中小企業情報センター主催の,一般公募をしない無料の塾で,中村氏が企業を指導をしていく中で,塾の環境に適合すると判断した企業にだけ入塾を勧める,というものだ。

「ここは,何か決まったカリキュラムが用意してあるとか,特別な講義を受けるとか,そういう場ではありません。企業が情報化について考えたり,相談し合ったりする,言わばサロンのような場です。たとえば一人が,こんなことで困ってるんだけどね,というとそれに対してみんながワッと反応するという,そういう感じで動いているところなんです。だからみんな好きな時に来て,好きなことをやってますね」。塾の成果は上々だ。今では,塾生の企業への訪問会も始まり情報機器を抜きにして,経営や管理上の悩みを相談する「企業カウンセリング」の機能も加わった。さらに定員100人の無料「情報化フォーラム」を定期的に開催することになるなど,「真の情報化の輪を広げる」活動が徐々に加わってきている。

中村 州男氏

これらは全て,各々が興味のままに自由に活動しながら,全体としてもまとまった成果を生んで成長していくという,そんなスタイルで,できあがってきたものだ。こうしたスタイルこそ,まさしくユートピアの基本である。中村氏の『情報化ユートピア構想』は一歩一歩実現に近づいている。「本を出したのも,実はこの構想があるからなんです。つまり,自分が今やっていること,考えていることはこんなことなんです,いっしょにやりませんか?というメッセージをしたかったんです。やっぱり,技術者の中には,自社の思惑,顧客の予算や時間などの都合から最良な処置ができない,という『技術者としての良心の痛み』みたいなものを,私と同様に感じている人がいるんですよね。実際,共鳴してくれて,こういう場所(戦略パソコン塾)があるのなら是非自分もいっしょになって指導したい,という人が出てくるんですから。ただでさえそうなんだから,本でメッセージすれば,もっとそういう人達が出てくるだろうと,そういう期待を込めて出したんです」。

『情報化』に関して格別の問題意識を持つ中村氏の活動は,この構想の実現だけに留まらない。「コンピュータの世界には,消費者苦情センターのようなものがないでしょ。パッケージソフトひとつとっても,その限界がどのくらいなのかとかいうことについて,車でいうテンモード燃費みたいな評価基準がない。これは問題ですよね。だから消費者苦情センターのようなものを情報化版で作らないといけないと思うんですよ。そういうことをしていかないと,本当の情報化っていうのはなかなか来ないなと思いますね。最後にはそんな仕事をやっていきたいと思います」。こうした考えからは,正しい情報化時代への先導役を果たそうとする使命感がうかがえる。

最後に学院との関わりについて語ってもらった。「学生だった頃,学院長(初代長谷川繁雄学院長)から,『学院は,学生にとって卒業したら関係の無いものになるものではなく,卒業してからも,いつでも帰ってきて何かを得られる場,そんなユートピアにしたいんだ』という話をよく聞きましてね。私は,この話が好きだったんです。意識したことはありませんけど,学院長のこういう考えが,どこかで影響しているのかもしれませんね。私にとって学院長っていうのは,海を持った人っていう感じですね。学院長は,あるひとつの入り江のようなもので,その向こうがずっと広い,そういう世界を持っている人っていう感じ」。なんとなく照れながら,中村氏はこう語った。

『あせらず,やすまず,あきらめず,おごらす』を信条としながら,アクティブに活動する中村氏。情報化時代の啓蒙家として,これからも確実に,情報化ユートピア作りを進めて行くことだろう。中村氏の今後に大いに期待しよう。

〈編集部注〉

この記事は,94年7月11日,大阪日本橋J&Pテクノランド5階「中村州男の中小企業相談コーナー」にてインタビューしたものをまとめたものです。

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中村 州男
Kunio Nakamura
  • 1979年京都コンピュータ学院情報工学科卒
  • 87年独立後,公的機関を通じてお金をかけない企業情報化実践指導を開始
  • この間,通産省中小企業近代化審議会専門委員など歴任
  • 企業だけではなく地域情報化,国レベルでの情報化を考えるに至る
  • 健全な情報化社会の実践に向け,特定非営利活動法人 情報化ユートピア,非営利活動団体情報化ユニオンの99年5月設立を目指している情報化実践指導人

上記の肩書・経歴等はアキューム9号発刊当時のものです。