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Accumu Vol.16

ダッカの豊かな子どもたち

Teachers College Columbia University Ph. D. Program in Applied Anthropology

京都コンピュータ学院 ニューヨークオフィス秘書 内川 明佳

ラーニングセンターに通う子どもたちと筆者
ラーニングセンターに通う子どもたちと筆者

私の住むニューヨークの名物イエロータクシーの運転手にバングラデシュ人も少なくありませんこの夏バングラデシュに行くことを伝えると「母国に来てもらえるなんて光栄だダッカには親戚がたくさんいるからぜひ連絡をとって」と勧められたりまた国歌を歌って聞かせてくれるドライバーにも出会いましたその中でも一番印象的だったのは大学に通いながら働いているという学生ドライバーで謙遜なのか本心なのか「僕はあんな国には帰りたくないね」と理由を聞くと「あの国は誰もが怠け者なんだだから国はずっと貧しいままなんだ」


リサイクル屋手伝いのシャイフル(10歳)
リサイクル屋手伝いのシャイフル(10歳)

バングラデシュはインドとミャンマーと国境を接する人口約1億5千万そのうち8割から9割がイスラム教を信仰する国ですドライバーの言うとおり国連開発計画(UNDP)によるとバングラデシュの人間開発指標は全世界177ヵ国のうち139位で「開発が遅れている国」の一つと言えるかもしれません(1) しかし私が降り立った首都ダッカは活気に溢れていました朝と夕方の通勤ラッシュ時間帯はカラフルに装飾されたリキシャー(人力車)が街中を競うようにかけ抜けまた伝統衣装シャルワカミーズを着た女性が行き交い街はとても色鮮やかでにぎやかです ダッカでは一日約40万のリキシャーが走ると言われていますそして休日には街のあちこちからクリケットに熱中する子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてきます

(1)日本は7位上位3カ国はノルウェースウェーデンカナダ


レンガ割りが仕事のベイビー(11歳)
レンガ割りが仕事のベイビー(11歳)

2007年夏私は5月下旬から8月中旬までの3ヵ月間ダッカにてユニセフ(UNICEF=国連児童基金)事務所でインターンシップをする機会に恵まれました教育セクションに配属され正規の学校に通っていない労働に従事する子どもたちを対象としたプロジェクトを担当しましたバングラデシュでは7歳から14歳までの790万人の子どもたちが働いていますそのうち京都市人口とほぼ同数の150万人がダッカを含む6つの都市で働いています都市部で働く10歳から14歳までの子どもたちを対象にバングラデシュ政府は“Basic Education for Hard-to-Reach Urban Working Children Project”と呼ばれる基礎教育の機会を提供しておりユニセフは技術面でサポートしています私は政府担当者やユニセフの上司同僚にお願いをし同プロジェクトが運営するラーニングセンターになるべく足を運ぶようにしました


ラーニングセンターの様子
ラーニングセンターの様子

現在ダッカには約2000のラーニングセンター(2) があり週6日1日2時間半25人の子どもたちがひとつのセンターでベンガル語英語算数などを学んでいます子どもたちは授業を終えると仕事へ戻ります女の子の多くは家事手伝いとして男の子は車の修理工仕立屋見習いレストラン市場溶接工場などで夜遅くまでときには深夜12時まで働きます11歳のベイビーと12歳のタスリマの仕事は「レンガ割り」です文字通り赤茶色のレンガブロックを朝から晩までハンマーで叩き細かくなるまで砕きますポッダ(ガンジス)ジョムナメグナの大河の下流に位置するバングラデシュは国全体がデルタであるといっても過言ではありませんそのためセメントの材料となる石が少なく細かく砕いたレンガを道路の舗装やビルの建設に使います屋根のないレンガ集積場で毎日30度を超す気温の中強い日差しを浴びながらベイビーとタスリマは文句一つ言わず家族と共に働いていました

(2)バングラデシュ政府とユニセフは2009年までに20万人の子どもたちを対象とした8000のラーニングセンターを開校する予定です


幼い妹を抱えながら学ぶシャミヌア(12歳)
幼い妹を抱えながら学ぶシャミヌア(12歳)

ダッカの街中ではまだ15歳にも満たない子どもたちがレモンやグアバアイスキャンディー雑誌や新聞それに新しく出版されたばかりの「ハリーポッター」を大きな声を張り上げ道行く人へ売っています外国人である私を見つけるとどこで習ったのか英語で丁寧に自己紹介をはじめたり良い客を見つけたとばかり法外な高い値段でしつこく迫ってきます子どもたちと私の我慢くらべです「買ってよ」という子どもたちに私は「買わない」と一点張りそして私がいつまでもお財布を取り出さないことがわかると「あっかんべえー」をして立ち去ります本来ならば彼らに同情するべき場面かもしれませんが私は毎日一生懸命大人に交じって働く彼らのそんな子どもらしい一面を見ると嬉しくなりました


マーケットで野菜を売るソへル(10歳)
マーケットで野菜を売るソへル(10歳)

ラーニングセンターに通う子どもたちの知識やスキルも実に豊かです叔父さんのお店を手伝う11歳のリトンは商品の値段を全て暗記しています10歳のシャイフルは私が彼の家の近くのレストランに行くたびに本当はそのレストランではなく隣のお店に雇われているはずですがどこからともなく現れてお水やお茶をサービスしてくれますまた兄弟姉妹が多い家庭で育った彼らは幼い子どもの面倒を見るのがとても上手です趣味は「小さな子どもたちと遊ぶこと」という12歳のルベルは「そうそうそれでね毎日遊んでいたらその子たちうちに住みついたんだだから今はみんな一緒に住んでいる」とのこと彼らの人を思いやる気持ちや行動また寛容さは想像を絶しますまた毎日必ず妹ノポンをセンターに連れてくる12歳のシャミヌアはある日いつもは裸のノポンをサリーを真似たのか自分のスカーフでぐるぐる巻きにしこっそり何かを指示普段全く私になつかないノポンですがその日「サリー」を身にまとった彼女はグアバを手渡しに来てくれました遠くからその一部始終を眺めていたシャミヌアはそんな妹を思いっ切り褒め一方私はそんな彼女たちの姿にただ驚かされ心温められました


ラーニングセンターの様子
ラーニングセンターの様子

子どもたちに「ラーニングセンターは好き」と聞くと「うん学ぶことこそ僕らの未来だから」としっかりとした答えが返ってきます家事手伝いとして働く11歳のファジャナは「お店で買い物をしたときにお釣りを騙されてとられそうになったことが以前はよくあったけれど今はもう計算ができるから大丈夫なの」と言ってくれましたさらに彼らに将来の夢を聞いてみると「たくさんの人を助けたいから医者になりたい」「学校の先生になるんだそれでね他の子どもたちにも文字や算数を教えてあげるんだ」「絵を描くのが好きだからアーティスト」「私は警察官」「僕は自分でお店を持ちたいんだ」など頼もしい答えが返ってきますある男の子は「サウジアラビアに出稼ぎに行きたい」と彼の言葉はニューヨークのタクシードライバーを私に思い出させました

あのドライバーが言うようにたしかにわずかな給料で家計を支える子どもたちが何百万人もいるという現実「経済的な」貧しさはダッカの至るところで見受けられますしかし私がこの夏出会ったダッカの子どもたちは実に豊かな知識とスキルそして厳しい日常の中でも遊び心と思いやりを決して忘れない逞しさ心豊かさを持っていましたまた幼い弟妹を腕に抱えながらときには疲労の残る表情を見せながらも一生懸命にラーニングセンターに通う彼らの姿からは「学校」で学ぶということに対する誇りを強く感じましたバングラデシュのような「開発の遅れている」国の「働く子どもたち」は国際社会からすぐに「貧しい」というレッテルを貼られ彼らの置かれている状況は「貧困」「開発途上」「社会問題」としてのみしばしば扱われがちですが彼らの持つ「豊かさ」こそ注目され賛美されるべきだと私は思います


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内川 明佳
Sayaka Uchikawa
  • 京都コンピュータ学院 ニューヨークオフィス秘書

上記の肩書経歴等はアキューム16号発刊当時のものです