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Accumu Vol.17

特集 IT業界が求める人材 未来のCIOを育てるために~企業のIT化の促進とCIOの必要性~

京都情報大学院大学 教授 上田 治文氏に聞く

多くの企業がERPパッケージを導入し,ビジネスのIT化を進めている。経営戦略立案や意思決定に,ITの活用は必要不可欠。そして企業ではITとマネジメントに精通した人材,CIOが求められている。CIO育成の課題に取り組む京都情報大学院大学の上田治文教授に話を伺った。

ERPパッケージによる全体最適化

従来,企業のIT化は,部門・部署ごとの業務をコンピュータ化するものであった。その主たる目的はコスト削減にあったといえる。企業全体の業務をみたうえで為されたわけではないので部分最適に留まるものであった。こうした情報システムの開発の結果,幾つものデータが重複して錯綜する事態を生み,情報システム間の調整に手間取り,トータルな企業戦略立案にコンピュータを活用することもできず,かえってコスト的にも増加するという事態が見られた。

この状況を変えることになったのが,ERPパッケージの登場であると言われている。ERP(Enterprise Resource Planning)とは,企業資源計画と訳されることが多い。生産や販売,在庫,購買,物流,会計,人事など企業のあらゆる業務プロセスを,統合的かつリアルタイムに管理することで経営資源の効率化・最適化を図る経営手法のことである。これを実現するためのソフトウェアがERPパッケージである。代表的なものとして,ドイツのSAP社のSAP ERPがある。

特徴としては,C/S型システムを採用し,組織コードの設定と必要業務のパラメータをカスタマイズすることによるシステム開発ができる。GUI利用による操作性の確保,ExcelなどのOAソフトとの連携も図られ,4GL(第4世代言語)といわれる英文に近い文法を有し,習得も容易な事務処理プログラム用の簡易言語を採用しているので,企業内での業務に活用しやすいことが挙げられる。また大福帳型のデータベースを採用している点も大きな特徴である。これは大福帳のように,生の伝票データをそのままの形でデータベースに登録する形式のシステムであり,後から自由にデータの検索・抽出・加工などができる。この大福帳型データベースを中核にして,データの共有を図りながら,在庫,会計,人事などの各業務のモジュールが構築されている。例えば,販売モジュールで入力されたデータは,そのまま生産や会計などのモジュールのデータとしても活用できる。そのため従来のように部門ごとにデータが分断されることなく,統合した扱いが可能となり,結果として企業戦略の立案や意思決定の判断材料を効率的に得ることができることになったわけである。

ERPパッケージの登場で,企業活動のIT化は新しい局面に入ったといえる。現在,欧米の有力企業の多くが,ERPパッケージを導入し,企業戦略の立案や意思決定を行っている。

IT導入による業務プロセスの見直しの必要性

日本でのERPパッケージ導入の現状はどうか,ERPに詳しく,実際に大手企業においてERPパッケージ導入にも携わった京都情報大学院大学の上田治文教授に聞いた。上田教授によれば,日本の産業界でもERPパッケージを導入する事例は増えているが,高価であり,導入にも専門的な知識を要することなどから,現時点では,採用事例は大手企業が中心で,欧米と比べると,まだこれからという状況であるとのことである。

そして,日本でのERPパッケージ導入が進みにくい理由について上田教授は次のように分析する。「一つには,日本の経営層のITに対する認識が低いことが挙げられます。ERPパッケージは,これまでの様々な企業の事例に基づくノウハウを蓄積して出来上がっているわけですが,基本的には欧米流の企業のやり方を前提としているわけです。日本固有や自社固有のマネジメントシステムに固執して,ERPパッケージの導入が進まない。あるいは,せっかく,ERPパッケージを導入しても,既存の仕事のやり方にこだわってしまって,それをITで置き換えようとする。しかし既存の業務プロセスを守ろうとすると,カスタマイズするための追加の開発投資が必要になります。結果的にコストに見合うリターンが得られないことになってしまうわけです。ITの力を最大限に発揮させようとするのであれば,本来は,業務のやり方自体を変革しないといけない。単なるERPパッケージの導入で終わるのではなく,業務プロセス自体の見直し,リエンジニアリングをしないとIT導入の意味は半減してしまうのです。」

上田教授の言うとおり,ITは,単なるコスト削減のための道具ではなく,企業に新しい価値をもたらす点にこそ,その真価があるといえるだろう。1990年代に米国の企業が業務改革を行う上での指針を与えたといわれているM・ハマー&J・チャンピーの「リエンジニアリング革命」にも次のような一節がある。「多くの企業が犯す根本的な間違いは,既存のプロセスをとおして情報技術をみてしまうことである。『我々がすでに行っていることを,情報技術を使って強化したり,簡素化したり,改善するにはどうしたらよいだろうか』と考えてしまう。しかし,考えなければならないのは,『まだしていないことを行うためには,情報技術をどのように利用すべきなのだろうか』ということである。」

さらに進むビジネスのIT化

それでは,今後,日本の産業界においてERPパッケージの導入は促進されることになるのか,上田教授はその見通しについて次のように語る。「企業におけるIT導入はさらに加速するでしょう。最近では,コンプライアンスの観点から内部統制が経営上の課題になっています。今年,J-SOX法が施行され,大手企業には各種の報告義務が課せられることになりました。ERPのパッケージソフトを導入すれば,その報告もいわば自動的な対応が可能となります。効率的な経営を行うためには,ますますITの導入が必要な状況になってきているといえるでしょう。」

また上田教授は,今後は,中小企業も含め,ERPパッケージが普及する可能性について語る。「ERPのパッケージソフトはかなり高価なものであったので,現実問題として,導入できるのは一部の大手企業に限られていました。しかし,最近ではソフトの小型化や低コスト化が進み,中堅企業にまで導入事例が拡大しています。さらに,現在,ソフトウェアの導入が,SaaS(software as a service)に移行しつつあります。SaaSとは,ソフトウェアを,必要に応じてネットワーク経由でサービスプロバイダから直接提供を受け,その使用分に対して対価を支払うようにするというものです。あくまでもソフトはサービスプロバイダのサーバ上で動くことになります。アプリケーションソフトをネット上で共用するイメージです。この方法でERPソフトを導入すれば,コスト的にもかなり安いので,中小企業でも導入が充分に可能になります。

おそらくSaaSの活用によって,業界ごとのビジネス手法が標準化されることになるでしょう。商取引の標準化が進むということです。さまざまな標準化団体が,これまでそうした標準化に取組んできましたが,なかなか困難な作業です。

こうした流れに対して,自社の特徴が失われてしまうのではないかと異を唱える人もいますが,私はそんなことにはならないと思います。アプリケーションソフトの歴史を見れば,当初はCADのソフトも大手企業は自社製ソフトを持っていました。その後,パッケージ商品化が進んだことと部品メーカーとのCADデータの共有化が生じたことにより,使っているソフトは,どこの会社も同じという状況に変わりました。しかし,それはツールが同じになったというだけで,会社ごとの製品開発の独自性が失われたわけではありません。

またネットを介することで,セキュリティ面でのリスクが高いのではないかとの懸念もあります。しかし,情報セキュリティ分野の研究開発もかなり進み,そのリスクは軽減されていくでしょう。もちろんリスクが全くのゼロになるわけではありません。最終的に,人間のモラルの問題は残ることになるでしょう。」

ビジネスインテリジェンスと発想力を備えたCIO

そして上田教授は,日本の企業の真の意味でのIT化が進むための条件として,一番重要なのはCIOの育成であると力説する。「欧米と比べると日本企業の経営者はITについて知らないことがあまりに多いです。ERPパッケージの登場は,情報システム部門の社内でのポジションや役割を変えてしまいました。従来はどちらかといえば,情報システム部門は,縁の下の力持ち的な役割を果たしていたわけですが,企業活動全体を統括するERPパッケージの登場で,ITや情報システム部門はトップマネジメントの問題となりました。従って,企業のトップがITに対するセンスを持っていないといけないわけですが,経営陣にそうした人材が少なすぎるのが日本の産業界の大きな問題です。

CIO(Chief Information Officer: 最高情報統括責任者)とは,情報システム部門を統括する役員を意味するが,日本の企業ではCIOが圧倒的に不足している。上田教授の言うとおり,情報システム部門は今や,企業経営の根幹に関わる部門となっている。そのため①経営の立場から業務戦略との整合性を確認しながら組織全体のITの方向性をきめる,②ITを利用した新たな事業機会や事業のやり方を提案し,業務改革をリードする,③経営戦略に合致した,IT予算の大枠,どの分野に注力し,どの分野は抑制するかなど全体の意思決定を行う,といった役割を果たす人材,即ちCIOが必要不可欠になる。ERPパッケージも意思決定の判断材料を提供するだけで,それを活用し,意思決定する人間がいなければ意味をなさない。上田教授は,CIOに求められる資質について次のように述べる。「CIOは,当然のことながら,マネジメントのセンスが求められます。これからの時代は,ビジネスインテリジェンスが強く求められることになります。ネット上には様々な情報が氾濫していますが,有用な情報を収集し,分析し,経営に活かすことのできる能力です。またIT導入の際に重要なのは,従前の業務のやり方を根底から変えることです。情報システムを司るCIOは,業務のやり方自体を見直し,新しい発想のできる人でないといけない。」

CIOの育成が,今後の日本の産業界においては重要な課題となるが,それはかなり実現が困難である。まずCIOには,IT関連の技術的なスキルとマネジメントのスキルの両方が必要となるが,これまでの日本の高等教育機関では,複数の分野にまたがる人材の育成は困難である。さらにCIOたり得る人材となるためには,プロジェクトを運営する際の実践知を修得することが必要となり,そのためにはプロジェクトベースの学習が必須となるが,これまで日本の大学では,そうした教育が為されておらず,指導できる教員も非常に限られている。

上田教授は,自身が大手企業においてCIOを務めた経験を生かしながら,京都情報大学院大学において,CIO育成という課題に取り組んでいる。ERPパッケージを使った実践的な授業やSAP社のコンサルタント資格を目指す授業などを通じて,従来の大学・大学院では為しえなかった特色ある教育活動を行っている。これまで実務経験がないと合格困難といわれていたSAP社の資格試験にも毎年合格者を出すなど,着実に成果を挙げている。

上田教授は言う。「もはやITを抜きにしては,ビジネスは考えられません。ITを本当の意味で活用できる企業が生き残ることになるでしょう。厳しい競争環境のなかで,日本が生き残るためには,今,きちんと将来のCIOを育てておくことが必要です。将来のCIOを目指す若者に一人でも多く出会いたいと思います。


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上田 治文
Harufumi Ueda
  • 大阪市立大学工学部卒
  • 元三洋電機株式会社IT・ERP推進室長
  • 同コマーシャル企業グループ戦略本部情報システム担当部長
  • 元SAP社ユーザー会関西フォーラム長
  • 元IBM社ユーザー会関西委員
  • 京都情報大学院大学教授
  • 大阪市立大学硬式野球部OB会幹事長
  • 奈良市実年ソフトボールチームDeers所属

上記の肩書・経歴等はアキューム14号発刊当時のものです。