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Accumu Vol.5

巻頭言 学院創立30周年を迎えて

京都コンピュータ学院 学院長 長谷川 靖子

ガーナ・St. Louis Secondary Schoolにて
ガーナ・St. Louis Secondary Schoolにて

本学院は,今年で創立30周年を迎えた。本学院は,民間における日本最初の情報処理教育機関である。1970年代から80年代にかけて到来したコンピュータブームと呼応し,大学情報系学部,情報系専修学校が次々と誕生した。特にここ十数年間の増加は著しい。

その中にあって本学院のユニーク性は,学界,業界の認めるところであるが,他の情報教育機関には絶対その例を見ない,いくつかのユニーク性の中,二つに焦点をあて論述したい。

アインシュタインは,「自然は美なり。自然を記述する方程式もまた,美なり」と述べているが,この美の感性に基づく直感が,彼の相対性理論の原点にあった。彼ほどに美感にこだわらずとも,一般に自然科学の発見は,直感とイメージが出発点になっているのが通常である。優れた直感は,論理の凝縮された瞬時における把握であり(その意味で直感は認識の一形態である),その直感とイメージがあれば,あとは糸玉をほぐすように論理化の作業で(ただし大変な努力のもとに)一つの理論が誕生する。結果として生まれた理論は緻密な論理構成をもつが,創造活動という視点において,感性の果たす役割は大きい。

このように感性と創造性は互いに隣接するため,創造性の開発教育においては,感性の教育は切り捨てられない。

周知の如く,コンピュータによるシステム構築は創造作業であるため,情報処理技術者の教育においては,創造性の育成を無視し得ない。ソフトウェアは何よりもエレガントでなければならないというのが,私の持論である。ソフトウェアにおけるエレガンスには,パーフェクトな論理フローだけでなく,ぜい肉(無駄)のないすっきりさ,バリエイションのゆとりが含まれる。美的感性,イメージの豊かさの涵養を考えて,本学院では,クラシック音楽鑑賞を必修科目に取り入れ,京都駅前校ホールには音響工学の粋を結集させた。本学院の教育理念である「創造性の育成」の一環としての感性教育であるが,他の情報処理教育機関にはその例を見ない。

ところで,私達が音楽を聴き感動するのは,音の美のためだけでなく,音の構造が私達の精神に働きかけるからである。作曲家はいたずらに感覚の美を追うのでなく,音の構造を通して,思想を表現する。

美的感性,イマジネーション,イメージ思考,創造への情念,これらの結集として,種々の芸術が生まれる。科学もまた,同じ要素の精神活動として生まれる。科学と芸術は母胎を同じくする一つのものなのである。

かつて,フランスのミッテラン大統領が来洛された時,「日本がどうして先端科学技術で世界のナンバーワンになり得たのか。この疑問は東京では解けなかったが,京都へ来て,日本の素晴らしい伝統文化に触れ,なるほどと納得した」と述べた。日本の伝統文化と,現代の日本の先端技術文化が,根底において一つのものであることを看破したのである。日本の優れた伝統文化を生み出した土壌が,そのまま世界最高の先端技術文化を生み出す土壌となり得たこと,また,日本の先端技術文化が,西欧の輸入文化,模倣文化の延長でなく,「日本の文化」なのだという彼の確認がそこにあった。

日本文化を問題にするとき,日本人はあまりにも伝統文化にこだわり,いつも科学技術文化は,国籍不明の扱われようである。情報文化もまた,世界に誇る日本文化であり,伝統文化と一体のものとして,その中に取り込み,伝統化させていく努力が肝要なのではないだろうか。京都がもし日本文化の中心地ならば,伝統文化と情報文化を一体の日本文化として海外へ発信させていくことこそ望ましい。

すでに,1989年より,本学院は,タイ・ポーランド・ガーナ・ケニア・ジンバブエに対し,各国数百台ずつ学院保有のパソコンを寄贈し,現地教員の養成を通して,情報教育支援活動を展開してきた。これは,京都よりの,日本情報文化の発信活動としての意義を含んでおり,現地におもむく学院スタッフ達は情報文化使節としての役割を担った。ポーランドは例外としても,その他の国々においては,初めてリテラシーとしての情報教育のレールが敷かれ,その国の教育行政では歴史的プロジェクトになったのである。

世界でただ一つ,他の情報処理教育機関に例を見ない,本学院のみが実行している国際貢献である。

今年30周年を過ぎて,次の10年目,創立40周年はもう21世紀である。30周年を迎えて30年の歩みを懐古するも良し。しかし,後向きでは歩めない。学院は常に歩みを止めることはできないのだ。

21世紀へ向けてどう飛翔すべきか,学院教職員,卒業生,在学生,合計3万人の学院人達,さらに世界各国に次々と生まれた学院ファミリー達,共に手を取り合って,考え合っていこうではないか。

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長谷川 靖子
Yasuko Hasegawa
  • 京都大学理学部宇宙物理学科卒業(女性第1号)
  • 京都大学大学院理学研究科博士課程所定単位修得
  • 宇宙物理学研究におけるコンピュータ利用の第一人者
  • 東京大学大型計算機センター設立時に,テストランに参加
  • 東京大学大型計算機センタープログラム指導員
  • 京都大学工学部計算機センタープログラム指導員
  • 京都ソフトウェア研究会会長
  • 京都学園大学助教授
  • 米国ペンシルバニア州立大学客員科学者
  • タイ・ガーナ・スリランカ・ペルー各国教育省より表彰
  • 2006年,財団法人日本ITU協会より国際協力特別賞受賞
  • 2011年 一般社団法人情報処理学会より感謝状受領。
  • 京都コンピュータ学院学院長

上記の肩書・経歴等はアキューム22-23号発刊当時のものです。