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Accumu Vol.7-8

シンポジウム「降着円盤の基礎物理」 天文の数値計算とコンピュータ

京都大学・理学研究科教授

東京大学理学博士

加藤 正二

新幹線が見える京都コンピュータ学院京都駅前校の明るい建物の一室を借りて「降着円盤の基礎物理」というタイトルの国際シンポジウムが1995年10月の末のほぼ1週間にわたって開かれた。これは文部省の財源による「大学主催の国際シンポジウム」と呼ばれる種類の研究会である。2年程前から計画していたが,この度,運よく援助が得られ開催することが出来た。

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降着円盤とはどういうものかは,このあとの福江純氏の解説記事を見て貰うことにして,ここでは天文学と計算機との関係を少し述べてみることにする。なぜならば,天文学・天体物理学は,「天文学的数字」という言葉が示すようにとてつもなく大きな数を扱うだけではなく,昔から大量のデータの処理や膨大な計算を行う運命にあり,天文学・天体物理学の発展は計算機の発達と密接に関連しているからである。まず,計算機の発達とともに天文学での数値計算のスタイルがどのように変わって来たか振り返ってみよう。わずか30数年前まで,天体物理の理論計算には手動のタイガー計算機が使われていた。例えば,星の進化を研究するには,微分方程式を境界値問題として解くために,クーラーのない夏の暑いなかを一日中タイガー計算機を廻すことをしなければならなかった。計算をすること自体に大変な努力を払いながら日本でも世界的な研究が生まれている。筆者も学部の天文学の演習ではまず初めにタイガー計算機の使い方を習った。その後,計算機は手動から電動に代わり,諸先輩が電動のモンロー計算機をがちゃがちゃ廻している音を一日中聞きながら勉学したものである。電動計算機はその後,リレー計算機を短期間経て大型電子計算機の時代へと移って行った。

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天体物理学の理論計算の分野は自然科学のなかでも最も大量な数値計算を必要とする分野の一つである。従って,大型電子計算機を使った FORTRAN による計算が大学でも出来るようになった最初の段階から天文の研究者は素早くそれに対応している。京都コンピュータ学院学院長の長谷川靖子先生が東大などの計算機センターの指導員をされたのもそのような時期であろうか。宇宙で起こる諸現象は種々の効果が絡み合った複雑な現象である。大型計算機による計算の能力の向上は,このような現象を解きほぐすために,初期値問題として複雑な系の進化を計算機上で追跡する数値実験を可能にした。数値シミュレーションと呼ばれる分野の誕生である。この分野は現在飛躍的に発展しつつあり,若い研究者はそのような環境のなかで研究している。現在はさらに発展して,ワークステーションと情報化の時代と言っていいであろうか。このように,計算機の能力の向上は高度な数値シミュレーションを可能にし,それはより一層計算機の能力の向上を促してきたと言えよう。今回の研究会でも,当然のことながら,最新の計算機の能力を駆使した計算に基づく降着円盤の構造に関する研究が発表されている。天体物理学の理論的研究の一側面に携わりながら,京都コンピュータ学院の若い学生を見ていると,彼らが社会の中堅として活躍する頃には計算機科学や情報科学はどのように発達しているのだろうかと過去を振り返りながら想像してみた次第である。

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なお,最後になったが,会場をはじめとして,その他いろいろの便宜をはかって下さった京都コンピュータ学院,特に長谷川学院長はじめ作花一志氏には心からお礼申し上げます。

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加藤 正二
Shoji Kato
  • 京都大学・理学研究科教授
  • 東京大学理学博士

上記の肩書・経歴等はアキューム7・8号発刊当時のものです。