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Accumu Vol.3

情報化社会としなやかなシステム

京都大学名誉教授

社団法人システム総合研究所理事長

椹木 義一

激動の時代に生きる

高度情報化技術を中心とするハイテク時代の現在,我々人類がこれ程激しい変化に直面することは誰も予想しなかったであろう。東西両陣営の冷戦の終結かとも思えたのも束の間,ソ連でのぺレストロイカヘの反発や,湾岸戦争の終結とその後の中東各国の思惑の交錯する中での新秩序形成に向けての世界の動きが複雑極まりないものとなりつつある。このような目まぐるしい変化こそ,まさに情報化社会の特徴的な側面と言うべきであろう。情報量の増大による問題のより複雑化,より大規模化,さらにはよりダイナミック化であり,問題解決はより一層困難なものとなっている。

すなわち,如何なる問題に対しても,ミクロなアプローチでは解決は困難であり,同時にマクロなアプローチをも要求するのである。

換言すれば,問題を局所的なものとして限定することのいかに不適当であるかを知るのであり,その問題をとりまく関連する諸要因を包括的に捉えることの重要性をつくづくと感じるのである。

マクロスコープとしてのシステムズアプローチ

それにつけても,フランスの生化学者ロスネが彼の著書「マクロスコープ-全体的視座を求めて」において,いみじくも,マクロスコープなる実在しないが象徴的なメガネの重要性を説いている。すなわち,今迄,我々は顕微鏡によって,細胞,微生物やウイルスの発見を可能にし,生物学や医学を進歩させた。また,望遠鏡は,無限に広大な宇宙に英知を開き,星や惑星の軌道をたどり,人類に宇宙征服のよりどころを提供した。そして今や,わが人類は新たに別の無限にして複雑なるものに直面している。それは自然,社会,人間を含んだシステムであり,これを調べる道具がほしいのである。これを用いて,我々一人一人は多様な情報を統合して,一つの体系として自分流に整理し,効果的な意思決定や行動ができるのである。この道具がロスネの言うマクロスコープなるメガネである。そしてこれを用いる方法論がシステムズアプローチなのである。

システムズアプローチの有用性

さて,システムズアプローチは複雑さへの挑戦として考えられる有力な問題解決法である。

すなわち,従来は,その分野でのベテランとも言うべき専門家の判断で,あるいは,これらの人達の委員会としての合議で事が解決してきた。しかし,昨今のように問題がより複雑に,またグローバルになってくると,人間の経験や直観だけではどうしても解決できなくなる。そこで,ここに言うシステムズアプローチを支援システムとして採用することの効用が見い出されるのである。このためには,種々のデータの収集やその処理をコンピュータや通信の最新技術を用いて極めて迅速に行うことによって,問題点の抽出や問題解決法の決定に役立だせようとするものである。

さてシステムズアプローチは,実世界の問題を抽象化して情報系の世界へと移すことに大前提がある。すなわち,あらゆる問題を情報の伝達系として捉え,情報処理や通信の最新技術を駆使して,抽象の世界での問題解決を行った上で,この解を現実の世界に再びもどして実現しようとするものである。この現実を抽象化する過程や,抽象の世界で得たものを現実の世界にもどすときにも大きな障害を伴うのである。それは現実問題として存在するあいまいさである。その最も大きな原因は人間が必ず大なり小なり関与することである。したがって,最も大切なことは,現実問題を情報系に抽象化する際に,この問題に精通する専門家の協力なしには成り立たないことである。むしろ,それぞれの分野の専門家が主体となった,いわゆるユーザ主体のアプローチでなければならない。この点に対する配慮の欠如から,今迄のシステムズアプローチはややもするとシステムエンジニア主体のものであるところから,いまひとつ,実際家からよい評価をうけなかったことを反省すべきであることに気がついたのである。

しなやかなシステムズアプローチの提唱

図1

この点に注目して,筆者らが十年余り前からしなやかなシステムズアプローチを提唱している。それは図1に示すように,ユーザとコンピュータや通信機器のメーカとシステムエンジニアの3者が緊密な連携を絶えずとりながら,人間と情報機器との相互協調による学習過程としての方法論。それが,ここで言うしなやかなシステムズアプローチであり,またこうして構成されるシステム全体がしなやかなシステムなのである。

図2

さて,大規模系に対して共通に適用し得るモデリングのあり方を示すものが図2である。分析者,専門家,さらには意思決定者などの人間がもつ,しなやかな発想なり判断が絶えずコンピュータや通信システムに導入されている状況を示している。すなわち,このシステムは,アナリシス・サポート,モデリング・サポートおよびシミュレーション・サポートの3つのシステムからなり,図に示す種々のシステム技法を駆使して,繰返し続けるいわゆる学習過程なのである。こうして,人間とコンピュータは互いに助け合いながら問題に対する理解度をより深めてゆくのである。

図3

こうして,現実問題の構造やパラメータ(助変数・媒介変数)の固定が行われることによって,いかにこの問題が互いに矛盾する複数個の目的をもったシステムであるかが分り,全体の最適化はこれら多くの目的の間のトレードオフをとることに帰することを知るのである。ここに筆者らが提唱するしなやかな意思決定法としての満足化トレードオフ法を図3に示すのである。図に示すように,従来の数理計画法に基づいた情報処理系としてのコンピュータと人間のもつ価値判断に基づくしなやかな知的情報処理とを協調させたものと考える。

ヒューマン・インターフェースの開発

図4

さて,人間とコンピュータとの対話を実現するためには,適当なヒユーマン・インターフェースの実現が必要である。もっと具体的に言えば,人間がもつ専門家としての知識をどのようにしてコンピュータに移すことができるかの問題に尽きる。この意味で専門家の知識とは何かを考えると図4に示すものである。専門家の知識全体をAで表すと,その中にその分野の事実,つまり教本に書かれている情報としての知識の核Bがある。これは客観的な知識であり,容易に規則中心のシステムにすることができる。AとBとの間には人間のみがもつ,ヒューリスティックス(直観的な判断による解決・発見法),暗黙知(後述),想像力および創造力の果たす領域がある。さて昨今やかましく言われるエキスパートシステムは専門家の知識や推論をコンピュータ化したものであり,図ではBとCとの間の部分と考えてよいだろう。今後は知識工学,ファジー,ニューロの研究によってこの部分の拡大に努力がなされるであろう。しかし,ここで残された部分としてのCとAの間の重要さをも一度認識すべきである。

人問の尊厳さを知る

すなわち,人間のもつ価値観,創造力,直観,想像力に加えるに,言葉で表現できない知識としてフランスの哲学者マイケル・ポラニイが提唱する暗黙知の大切さを知らねばならない。これこそ人間が体験を積み,思索を重ねて,たゆみない知的努力をすることによって得られる主観的知識なのである。こうして考えると,人間のもつ主観と客観の相互依存性,あるいは,人間の右脳と左脳の機能分担とその関連性に思いを致すべきであろう。そして,このような知的努力こそ人間に尊厳さを与えるのではなかろうか。

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Yoshikazu Sawaragi
  • 京都大学名誉教授
  • 社団法人システム総合研究所理事長

上記の肩書・経歴等はアキューム3号発刊当時のものです。