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Accumu 最新号・Vol.25

パーソナルコンピュータ博物史の刊行によせて

KCG資料館館長 京都情報大学院大学 客員教授
千葉 博人

発刊された「パーソナルコンピュータ博物史」。四六判,143P
発刊された「パーソナルコンピュータ博物史」。四六判,143P

2017年3月,講談社から過去のパソコンを解説する1冊の本が発売された。タイトルは「パーソナルコンピュータ博物史」。最寄りの書店やAmazonなどでも手に入るが,この本は,京都コンピュータ学院(KCG)と京都情報大学院大学(KCGI)などKCGグループが運営する「KCG資料館」(コンピュータミュージアム)が執筆・監修・資料提供などに全面協力して完成したものだ。

最初に断っておきたいのだが,この本は,京都コンピュータ学院KCG資料館(コンピュータミュージアム)著,京都情報大学院大学監修だが,講談社の子会社である講談社ビーシーが企画編集し,講談社が出版した書籍であり,出版社が制作費や印刷費を負担して出版したものだ。KCG資料館は,執筆・監修・資料提供などを依頼されて協力したのであり,KCGグループが自費出版したものではない。実のところ,本当は,パーソナルコンピュータだけでなく,KCG資料館に展示されている情報処理技術遺産のメインフレームやミニコンなども一緒に紹介したかったが,出版社側の依頼が「パソコン」だったため,断念したという経緯もある。しかし,KCGが,日本最初のコンピュータ教育機関として創立以来,50年以上の長きに渡って教育・実習・研究で使用した過去のコンピュータを保存し続けてきた努力が社会的に評価され,大手の出版社からの依頼につながったと考えると誇らしく思う。

過去の貴重なコンピュータを保存・展示しているKCG資料館(コンピュータミュージアム)=京都コンピュータ学院 京都駅前校
過去の貴重なコンピュータを保存・展示しているKCG資料館(コンピュータミュージアム)=京都コンピュータ学院 京都駅前校

さて,この本の内容になるが,1970年代と1980年代に日本で発売されていたパソコンの説明が中心となっている。その時代にパソコンを所有していた,現在40代より年上程度の年齢の方々には,とても懐かしい機械の写る写真が多数掲載されており,過去に自分が所有していた機種が掲載されたページは長々と見入ってしまうに違いない。当時の友達と一緒に見て,自分はこの機種を持っていておまえはこの機種だったとか,勉強に使うと言って親に買ってもらいゲームばかりしていたと酒呑み話に華を添えるかもしれない。

当時のパソコンはメーカー間で性能を競っており,機種ごとにいろいろな特徴を持ち,機種間には互換性がなかった。その上,高価であったため,どのパソコンを選ぶかは本当に運命の選択だったことが思い出される。自分の使いたいソフトウェアが,買おうと思っている機種用として販売されているのかを最初に調べたことを覚えている。ベストセラーと言われるような人気機種を選べば,数多くのソフトウェアが揃っていたが,それに対抗しようとしている機種にはベストセラー機にはない「売り」があり,それが魅力的で相当に悩むことも少なくなかった。悩みぬいた末の決断で購入した当時のパソコンには,今使っているパソコンに対するよりもずっと愛着を持っていたように感じる。

TOSBAC-3400(2009年3月認定)
TOSBAC-3400(2009年3月認定)

この本の制作に携わって考えたことだが,この本に掲載されている古いパソコンたちは,それぞれに他には無い強い個性を持っていた。ほとんどの機種がWindows搭載で,どの機種を購入しても,本体のデザインや画面の大きさ,遅い早い程度の違いしかない現在のパソコンとは,根本的に異なっていたのである。同じOSの下で同じ規格を使い個性が乏しくなった今のパソコンで40年後に同じような主旨の本が作れるかと考えると寂しい思いがする。昔のパソコンは,各メーカーの技術力,企画力の競争であったが,今は規格化された本体の製造コストの低減競争になってしまい,いくつもの日本のメーカーがパソコンの製造から撤退してしまった。しかし,逆に規格化されたことで,パソコンが趣味の範疇から,誰にでも使える道具へと進歩したのであるから,批判できないことでもある。だが,そんな環境下でも,エポックメイキングとなるようなパソコンは今でも確実に発売されており,そのようなパソコンを何十年か後に展示することがKCG資料館の使命と考えている。

OKITAC 4300Cシステム(2009年3月認定)
OKITAC 4300Cシステム(2009年3月認定)
NEAC-2206(2011年3月認定)
NEAC-2206(2011年3月認定)

さて,本の制作時の話に戻るが,本の制作によって,KCG資料館にも収穫があった。それは,保有している機種の写真撮影などを通じて,パソコンの保有・展示の現状が第三者的な視点で分析できたことである。

まず,この本には多くの古いパソコンの写真が掲載されているが,ほとんどはKCG資料館の所蔵品を撮影したものだ。撮影のために,普段展示されていない機種も倉庫から引っ張り出したのだが,「こんなに多くの機種があったのか」と,ちょっと驚いた。普段,所蔵品のリストは目にしており,所蔵している機種は把握していたつもりだが,それらの機種が目の前に並ぶと,紙で機種名を見ているのとはまったく印象が違う。展示スペースが限られていることもあり,「日本で初めて発売された」などの誰にでもわかりやすい肩書の機種を中心に展示していたが,倉庫で眠っている機種たちも,ときどきお披露目してあげたいと感じた。そのためにも,KCG資料館の未整理の所蔵品を一刻も早く整理しなくてはいけない。

NEAC S-100システム(2012年3月認定)
NEAC S-100システム(2012年3月認定)
シャープMZ-80K(2013年3月認定)
シャープMZ-80K(2013年3月認定)

次に,KCG資料館の所蔵品には,手薄な分野があることに気づかされた。KCG資料館の所蔵品は,京都コンピュータ学院の開校当時からの歴代の実習機や,教育用,研究用として導入された機種が中心である。近年は,いろいろな方々から寄付された機種もあるが,所蔵品の大半は学校の実習や研究に使用された機種である。そのため,発売当時,ホビー用,ゲーム用としての性格付けが強かった機種は所蔵品の中にはほとんどない。日本電気のPC-8801SR以降の機種や,シャープのX1シリーズなどである。それらの機種は数多く販売された機種であり,子供時代に所有していた人も少なくないはずで,展示すれば懐かしんでくれる人も多いだろう。今後は寄付をお願いするなど,手薄な分野の機種の入手にも力を入れていきたい。

とはいっても,展示スペースや倉庫スペースの限られている現状では,大きなコンピュータの寄付を受けるのも一大決心であり,いずれは所蔵しきれなくなってしまう。KCGグループでは,KCG資料館をもっと本格的な「コンピュータ博物館」にできるよう,国や京都府,京都市,学会・教育界・企業など関係者に支援と協力を呼び掛けている。コンピュータや情報通信網が水道や電気のような社会的インフラ化しつつあるこの時代,日本が技術立国として今後も世界をリードしていくためにも,技術の歴史を顧みることができる博物館実現に向けて大きな一歩を踏み出す時が来たと意欲を新たにしている。

PDP-8/I ※右端の機器(2015年3月認定)
PDP-8/I ※右端の機器(2015年3月認定)
TOSBAC-1100D(2016年3月認定)
TOSBAC-1100D(2016年3月認定)

1970年代から1980年代にかけての10年間は,それまで大企業や大組織にしか使えなかった高価で巨大なコンピュータという装置が,家庭で趣味で使用されるようになった技術史上の一大転機であり,そのころ,初めて家庭に入ったパソコンたちは,まぎれもなく技術史上の転機を作り出した技術者たちの作品群であるはずだ。しかし,コンピュータ技術の進歩は早く,現在の最新鋭機も数年後には性能の悪い旧機種になってしまう。

長谷川統括理事長がこの本のまえがきで,過去のコンピュータは「文化遺産として次世代に継承すべきもの」であると述べられているが,まさにその通りであり,技術史上の転機を作り出した技術作品を目にすることができなくなっている現状は寂しい限りである。

現在私たちが,目にしているKCG資料館の所蔵のコンピュータの多くは,私たちより前の世代の方々が,我々の世代に向けて保管してくれたものだ。社会的には旧型機としてガラクタ扱いされたかもしれない機種を「次世代に継承すべき重要な意義を持つ技術や製品」であると考え,長年大切に保管してくれた。結果,今では,世界的にもほとんど残っていないような歴史的コンピュータを我々は身近に目にすることができており,近年は,社会的にも「情報処理技術遺産」などという形で,大きな評価を受けている。役割を終えた前世代の旧型機の中に文化遺産となる技術を見たKCGの諸先生方に大きな賛辞を贈りたい。そして,その精神を次世代へとつなげることが,KCG資料館の使命とも考えている。

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千葉 博人
Hiroto Chiba
  • 京都情報大学院大学 客員教授
  • 第一種情報処理技術者
  • 北海道工業大学 工学部 経営工学科 卒業
  • 株式会社徳川システム 代表取締役
  • 札幌商工会議所 情報・メディア部会役員
  • 元札幌市青少年科学館 天文指導員
  • 元一般社団法人 北海道IT推進協会 理事
  • スタートレック日本語公式サイト主宰

上記の肩書・経歴等はアキューム25号発刊当時のものです。